sister's voice 03
『お父さん、DORS送ってくれたかな?』
『二、三日中にはそっちに着くよ』
そう返信すると五分ほどの時間を置いて、亜紀から再びメールが届いた。
『勉強頑張ってる?』
『それなりに…DORSで遊ぶための名目になってるけどな』
『(≧ω≦。)プププ』
『そっちは?』
『相変わらず、かな…そのうち遊びに行くから』
『連休とかあったっけ?』
『そのうちそのうち…じゃあね、おやすみ広兄』
妹亜紀からのメールが広人に届いたのは、彼女が高校の寮に引っ越した日以来だった。引越し当日、母親と一緒にタクシーに乗り込んだ亜紀は、見送る広人の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。ふとそんな記憶が思い出された。
その妹が一昨日久しぶりにメールを送ってくるからには、それなりの事情があるはずだが、急を要することなら母親に先に連絡していて当然である。あまりしつこく問いただす必要もないだろうと広人はその時思った。
初撃の鉄球を相手の体に食らわす予定だった「わさび大根」は、試合開始直後にいきなり硬直した。観客席の誰もがラグの影響によるものではないかと考えたが、広人だけが事実を見ていた。「白猫メイド」は試合開始直前、弓による攻撃スキルのモーションに入り、競技場に移動直後、試合が開始されるなり発動させていたのだ。
麻痺効果のある弓スキルは、モーションから発動までの時間が他のスキルより少し長めになっているため、そのタイミングを逆算してギリギリまで「白猫メイド」は競技場への移動を送らせていたことになる。無論その意図は、初手を相手に悟られないためである。
麻痺の効果時間は3秒間。
「白猫メイド」はゼロ距離で煙幕弾を使ったかと思うと、相手の背後に回り込み、得物を細剣に持ち変えると、マグナスキル=千手鎮魂歌を相手の関節各所に正確に打ち込んだ。その手さばきの凄まじさは土埃を巻き上げるほどだった。
マグナスキルオンラインにはウィークポイントという設定があった。防具の継ぎ目部分となる体の関節部分がそれに該当し、その部分を攻撃すると通常の三倍ダメージを与えることが出来る。対人戦を重視する物理攻撃プレイヤーにとって、そのポイントを確実に攻撃する技術は必須とされながらも、実際に使いこなせるプレイヤーは数えるほどである。
「わさび大根」は身動きが取れないまま、悲壮な絶叫を上げていた。「大根」のHPバーがまるでスライドドアを開けるかのように、滑らかに減少していった。続いて「白猫メイド」は麻痺効果が切れる直前に、相手の足元に空中捕縛機雷を仕掛けた。麻痺の解けた「大根」はHP回復アイテムを使う余裕も、攻撃防御スキルを何一つ使うこともなく宙に舞い上がった。
空中捕縛時間は3秒間。
「白猫メイド」は再び弓に武器を持ち変えると、マグナスキル=暴君天裂を放った。5本の矢が次々と光線のような軌跡を描いて「大根」の体を貫いて行った。
「勝者白猫メイド」
観客席にいた誰しもが、つい今しがた起こった試合の内容を把握しきれずに呆然としていた。
試合時間は10秒にも満たないため、闘技場ロビーの大画面モニターにその様子が映し出されることもなければ、観客達が増える暇さえもなかった。
NPCから報酬を受け取った「白猫メイド」はそそくさと競技場から出て行った。試合終了から10秒が経過すると、自動的に観客達は闘技場ロビーへ転送された。
ロビーに戻った広人は「白猫メイド」の姿を探した。周囲を見回したが、白いメイド服を着た彼女の姿はない。
高校の同級生の中にもマグナのプレイヤーはいたが、ギルドメンバーとの行動が中心の広人は彼らと何の接点もないため、自分のキャラ名を知る者などいないはずだ。三人娘もほぼ同様に他のプレイヤーとの交流は皆無に近い。しかもほぼ1年毎日のようにマグナにインしているにも関わらず、そのキャラ名を見たのは今日が初めてだった。偶然つけられた可能性もあるが、広人がそう思えない理由がひとつあった。試合直後「白猫メイド」は観客席にいた広人と目が合うなり、明らかに驚きの表情を見せていたからだ。
…人違いなら謝れば済むこと。
中の人間が誰であるかは想像出来ていたが、確かめてみなければ結論は出ない。
広人は右手を振りシステムメニューを開くと、ログイン中のキャラクター検索機能を使ってその人物に直接会話を試みようとした。
『予定より早く見つかっちゃたね…まさか観戦席にいるなんて思わなかった』
広人が検索機能でキャラ名を見つけるよりも早く、相手の方から直接会話が送られてきた。
『亜紀…だよな?』
躊躇うことなく広人は会話の相手に問いかけた。
『…うん』
妹が父親から自分のキャラ名を聞き出していたことくらいは容易く想像できた。別に兄妹だからといって、お互いが同じゲームのプレイヤーであることを教えあう必要はない。ただ一昨日妹が自分にメールを送ってきた本当の目的が何であるのかを広人は知りたかった。
『何かあったのか?』
兄妹であるからこそ分かる相手の心情というものがある。直感的に広人は顔を会わせずとも、妹が人には言えない悩みを抱えているように思えてならなかった。嘘をつくのが苦手な妹なだけに、即座にそれを否定してこないとなれば尚更だった。
『一応俺、お前の兄貴なんだけどな』
しばらく無言が続いたあと、亜紀は答えた。
『…時間あるの?』
『あるよ』
広人は闘技場ロビーを出て、妹のいる場所へと向かった。




