sister's voice 01
時刻は午後九時になろうとしていた。駅を出ると父親が車で広人を迎えに来ていた。
「オフ会どうだった?」
車が走り出すなり父親は聞いてきたが、疲れきった広人の顔を見ると、話を進めることなく無言で前を見ながらハンドルを握っていた。
「ちょっと寄り道するぞ」
そう言うと父親は車をコンビニの駐車場に乗り入れた。
「宅急便頼んでくるが、何か欲しいものあるか?」
言葉を出さずに広人が首を振ると、父親は後部座席に置いてあった荷物を抱えコンビニに入っていった。広人は携帯端末を胸ポケットから取り出すとアドレス帳を開いた。そこには数時間前のオフ会が現実での出来事だった証拠として、三人娘のデータが加えられていた。ゲーム世界で出会った彼女達は、広人の知らない未知の世界へ誘おうとしている。本気なのか冗談なのか、予想すら出来ない不安に苛まれ始め溜息ばかりが口をついて出る。
しばらくすると父親が戻って来て、買い物袋からチョコモナカアイスを一つ取り出し広人に手渡した。
「亜紀に怒られた」
運転席に座り車のドアを閉じ、袋から別のアイスを取り出すと一口噛じり父親は言った。
「兄貴にだけ新型DORSをくれてやるとはどういうことだ~ってな。さっきの荷物はそれだ」
広人には一つ年下の妹がいた。「亜紀」はその妹の名で、スポーツ特待生として他県の私立高校に進学し寮生活を送っていた。実家に帰ってくる盆と正月の数日以外は、朝から夜までトレーニング漬けの毎日を過ごしているということだった。母親とは毎日メールや電話でやりとりをしているが、広人とは中学に入ってからあまり会話することがなくなっていた。それぞれ勉強や部活に忙しかったことが大きな理由だった。
「亜紀がDORSに興味あるなんて知らなかった、というより使ってたんだ」
「イメトレにちょうどいいらしくてな。半年くらい前だな、うっかり広人にDORSを上げた話をしたらその時も怒られて、渋々DORSを与えてやったが…そういやこの話広人に言ってなかったな」
「イメトレ?」
アイスを食べ終えた父親は、車のエンジンをかけた。
「高校の先輩達の影響とか言ってたな。新型の情報を聞きつけた途端、ここ数日亜紀からオネダリ攻撃を喰らい続けてた。娘が父親を頼るのはそういう時ばっかだよな。まあ広人も娘を持ったら分かると思うが、その時は相談に乗るぞ」
「いつの話だよ」
広人がそう言うと父親は高笑いをした。
コンビニの駐車場を出て、自宅へと車は走り出した。
「オフ会楽しかった」
呟くように広人が言うと、父親はニヤリと笑い「そうか」とだけ答えた。
自宅に帰ると広人は新型DORSを父親から受け取った。製造会社の開発部長を父に持つ子供の特権ではあったが、父親からすれば市場に出回る前に問題点を知る上では好都合らしい。新型に関しては前回のものより開発期間が短かったため不安材料があるらしく、広人は使用前にいくつかの注意事項を直接父親から聞くことになった。新型DORSにはARSというこれまでとは異なる脳神経信号の新センサー技術が組み込まれ、脳への負担を大幅に軽減しながらも、五感の再現力が格段に向上しているため、慣れるまでの間はすべての体感設定を弱めにしておくようにということだった。
広人は部屋に戻ると椅子に腰掛けた。今日のオフ会に備え勉強ノルマはすでに終えてあったので、デスクトップPCを起動させ、マグナスキルオンラインの公式ウェブページを開いた。様々な新規イベントを確認したあとムック本発売の記事に目を止めた。「未公開情報満載!」と題したその記事には、ムック本の内容が記されていた。現在まで確認されているマグナスキルの一覧、装備アイテム紹介のほか、既存IDのマップ情報や新規プレイヤーに向けての育成ガイドなどがムック本に盛り込まれているということだった。
三人娘は今日から二日ほどマグナへログイン出来ないと言っていたので、広人もログインを控えることにした。貰ったばかりの新型DORSを箱から取り出して頭にかぶると、広人はベッドに体を横たえた。初期設定だけ終えておこうと、DORSの右側にある起動スイッチに手を伸ばした瞬間、カナから携帯メールが届いた。
『黒氏のスリーサイズと身長と体重を聞くの忘れた』
即座に返信すると『1up』という返事が来た。意味を理解しかねているとリナからのメール。
『マグナのムック本出た!』
返信の必要はないと思ったが、とりあえず購入の意思を伝える。続いてユナからのメール。
『今日は色々ありがとう。たくさん元気を頂きました、これからもよろしくね』
十数分悩んだ末にありきたりな返事を送ってしまい、深い後悔に苛まれているとユナから再メール。
『おやすみなさい♥』
一文にはピンクチェックのパジャマ姿でピースサインをするユナ本人の写メが付いていた。広人は迷わず携帯端末本体とメモリーカードへその画像を保存し、消去防止のロックをかけた。
再び広人がDORSの起動ボタンに手を伸ばした瞬間、携帯端末がメールの着信を告げた。
発信は妹の亜紀だった。




