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KerBerryz09

「黒氏、こっち」

 カナは広人を廊下の突き当りの部屋に案内し、ドアを開け灯りをつけた。

…なんだこれ。

 広人は部屋の中を見て、しばし呆然と立ち尽くした。

 正面に窓がある八畳ほどの洋間の両側には、スライドレールがついた二重の本棚があった。左側の本棚には数え切れないほどの文庫本やファイルが入っており、右側の本棚はアニメや映画のDVDで隙間なく埋め尽くされていた。無造作に置かれたダンボール箱には衣装らしき衣類が見え、部屋の中央のテーブルにはノートパソコンが二台置いてあった。

「『きゃろる』の衣装とかをここで考えてる」

 ユナこと『安藤薫』のニックネームは、『かおる』が変化して『きゃおる』から『きゃろる』になったということだった。芸名である『るりきゃろ』は、読者モデルとして出始めの頃に瑠璃色のカラーコンタクトを使用していた事からついたものだという。

「リナは主に振り付けを担当して私が衣装を担当してる。今はベースコンセプト止まりで専門の人に手を加えてもらってるけど、近々自分たちでPVの企画を作ることになってる。それに黒氏も参加してもらう」

「は?」

「具体的なことが決まったら打合せするのでよろしく」

 既にプロとして活動している彼女達と自分とでは知識も経験も及ばぬどころの話ではない。そんな彼女達の世界に素人である自分が入り込み、同じ立場にいて良いはずがない。

「打ち合わせって…俺ただの高校生だし、何も出来ない絶賛残念男だぞ」

 カナは慌てる広人を真顔で見つめて言った。

「今はね」

 部屋の灯りを消すと、カナは広人をリビングに向かわせ、別の部屋へ入っていった。

 リビングではノートPCを囲んで、ユナとリナがあれこれ話をしていた。

「ということで、広人君よろしく!」

 広人がリビングに戻るとリナは敬礼のポーズをし、世界の終わりを目撃したような広人の顔を見るなり大声を上げて笑い転げた。あろうことかユナも笑いを必死に噛み殺していた。

 二人は今日一日の様子を『るりきゃろ』のブログに書き込んでいる最中だった。雑誌の撮影から発表会までの間に撮り貯めた写メを見ながらブログに使用する画像を選んでいた。普通の女子高校生視点で綴られたブログは不定期更新ながらも『るりきゃろ』の私生活を知ることが出来るため人気が高く、コメント欄には海外ファンの書き込みも数多く見られた。

 力なくソファに座り、二人の様子を焦点の合わない目で見ていた広人の視界が突如暗闇に包まれた。

「あ、逆だった」

 どこからかカナの声がする。無理やり首を捻られるような強い痛みがあったかと思うと、ユナとリナの顔がひどく狭い視界から見えた。

「おーなかなかいい!」

「これなら大丈夫そうだね」

 二人はしばらく広人の方を見ていたが、たちまち顔を赤らめ吹き出すと大声を上げて笑い始めた。

「黒氏、そのまま動かないで」

 左隣に誰かが座った気配を広人が感じると、視界の左端に携帯端末が見え、パチリ!と音を立てた。

「ちょっとカナ何してる!」

「ずるい私も!」

 ユナとリナが広人の視界から消え、代わりに左右から交互に携帯端末が見えてはパチリ、パチリと何度となく音を立てる。広人の座るソファには人が飛び乗るような振動が不規則に起こり、広人の視界の外では三人娘の歓声が途絶えることなく続いていた。しばらくするとテーブルの上に小さな三脚のついたデジカメが置かれ、セルフタイマーの点滅が始まった。

 広人の背中、左右の肩に人の重みが加わわると同時に、三人娘は声を揃えて言った。

「KerBerryz!」

 カメラから鋭い閃光が放たれ、広人の網膜に残像を残した。

 その日の『るりきゃろ』ブログは、着ぐるみのライオンヘッドをかぶった広人を取り囲んで、楽しげな笑顔を見せる三人娘の写真とその下に書かれた『KerBerryzM+』という文字で締めくくられていた。

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