KerBerryz03
紙袋の中身は、四つに折りたたまれた紙が一枚と、長いストラップがついた身分証のようなカード、そして黒い猫耳のカチューシャだった。
紙を袋から取り出し開いてみると、広人は過去にこれと同じものを見た記憶があった。「関係各位様へ…」という件から始まるその文書を…。
「あ!」
メイド喫茶店内中に響くほどの声を広人は上げていた。当然周りの人々の視線が何事かというふうに広人に注がれる。苦笑いしながら彼らに無言で頭を下げたあと、広人は再び紙に目を戻した。
数日前、父親が自宅で見ていた「新型DORS発表会」の案内状がそれだった。
場所は都内のホテルのイベントホール。時間は今日午後3時。
…どくん!
広人の心臓が大きく脈打った。
全身の血液が急激に沸騰したかのように体中を駆け巡る。こめかみに強い痛みを感じた。
「マジか!」
再び大声を上げてしまった広人は、今度は立ち上がって店員と客達に深々と頭を下げた。
生まれて初めてと思えるような興奮が広人を襲う。マグナスキルのひとつめを手に入れた時以上だった。やがて興奮は紙に記載されている最後の一文でピークに達した。
イベントに来られたし!バタバタするからご飯ちゃんと食べてきてね! ユナ
明らかに手書きのものであるそれは、急いでいたのか殴り書きに近いものだったが、間違いなく女性の手によるものだった。思わず字を右手でなぞり、広人はそこに残る体温の欠片を感じとろうとした。先日父親が言っていた「彼女はマグナのプレイヤー」という言葉が頭の奥で何度となく繰り返される。
ふと思い出したように広人は携帯端末で時間を確認した。…午後1時20分。
右手でスプーンを握り、左手でオムライスの皿を持つと、広人はまるで飢えた野良猫のように食べ始めた。慌てて食べたため喉が詰まりむせ返っていると、店員が水の入ったグラスを差し出してきた。それを奪うように手にすると一気に飲み干した。呆気に取られる店員に広人は言った。
「お会計お願いします」
雑居ビルを出ると、広人はタクシーを拾った。ホテルの住所はさほど遠くなかったのだが、歩いた場合どれくらい時間がかかるか予想出来なかったからだ。
タクシーのシートに深く座ると、広人は再び考え始めた。仮に彼女達のうち誰かがアイドルだったとして、接触する機会はあるのだろうかと。
トップアイドルの階段を駆け上がり続ける人物に、平凡な一人の高校生が会うことなど、街中で偶然遭遇する程度くらいしか考えられない。しかもなぜ彼女は、ただでさえ厳重な警戒態勢となるイベントの日を選んだのだろうか?アイドルとはいえ高校生ならば、普通に会うことくらい難しいことではないはずだ。
ホテル正面口でタクシーを降りた広人は迷うことなくホテルの中に入り、そして困った。
…この先どうすればいいんだ?
会場までは案内板を頼りに進めば問題なくたどり着く、だが明らかに普通の高校生…黒のジャケットにマリンブルーのカットソー、黒のストレートジーンズを履いた人物が関係者として認められ、会場内に入ることが出来るのだろうかと。それにホテルのロビーには「るりきゃろ」のファンと思しき男女が何人か見受けられた。どこから情報を仕入れたのだろうか関係者以外立ち入り禁止の発表会にも関わらず、万が一の偶然を期待してロビーから先に進むことなく、忙しげに周囲を見回している。そんな彼らと同類に見られる可能性も充分にある。
とりあえず紙袋に入っていたカードを首にかけてみる。それは今日のイベントスタッフ用のIDカードだったが、偽造出来なくはない類のものである。母親似の広人は、色白で体格こそ普通であったが、大きな瞳と柔和な顔立ちは、服装によっては女の子に見間違えられる。今でこそ175センチという身長だが、背が伸び出したのは高校生になってからで、背の低い中学時代には街中を歩いていると、女性向けストリートファッション雑誌のカメラマンに幾度となく声をかけられたことがあった。
「広人、何でお前ここにいるんだ?」
聞き覚えのある声に広人が振り返ると、父親である榊原一春が驚いた様子で息子の方を見ていた。
無意識のうちに広人は父親に向かって駆け出していた。




