↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/14

6. あなたもわたくしに奪われてもらえないかしら?

 軽い朝食を終え、お母様がご用意した本に目を通していると、ローズマリー来訪の知らせがあった。


 応接室ではなく部屋に通してもらうと、ローズマリーは微笑みを浮かべたまま、訝しそうにわたくしを見た。器用な子だわ、と感心する。



「着飾る必要はないと言ったでしょう? わたくしはあなたとお友達になりたいのよ」



 そう言いながら椅子を勧めるが、ローズマリーは警戒した様子で座ろうとしない。


 ……当たり前よね。婚約者を奪った相手を前にそうそう隙を見せられるわけもない。でも本当にわたくしは仲良くなりたいだけなのだけど。


 まずはこちらが本心を見せるべきね。



「それともこう言った方がいいかしら? 演技はやめてちょうだい。あなたがどんなに礼を欠いてもそれを責めることはないわ」



 貴族らしからぬ率直な言葉にローズマリーは浮かべていた笑みを消した。眉間によった皺がその可愛らしさを台無しにしている。



「分かったらどうぞ、座ってちょうだい」



 ようやくローズマリーがわたくしの前へ腰掛ける。侍女はお茶とお菓子をテーブルに置いて下がって行った。



「心配しなくても毒なんて盛っていないわよ」


「……ありがとうございます」



 そう言いながらもお茶に口をつけないローズマリー。警戒心が強すぎて段々と面倒になってきた。


 とりあえずお茶とお菓子に少しだけ手をつけて毒が入っていないことは示しておく。



「面倒なことは抜きで、本心で話しましょう。わたくしはライナー様に復讐をしたいだけであなたに恨みはないの。むしろ、復讐の一環としてあなたが欲しいと思っているわ」


「はい……?」


「わたくしはライナー様から全てを奪いたいの。次期王の座も、元々少ない人望も、わたくしも、あなたも、全てを奪ってあの無駄に高いプライドをへし折ってやりたい。だから、あなたもわたくしに奪われてもらえないかしら?」



 大きな目をパチパチとしてわたくしを見るローズマリーは、驚きを隠す気がないのか隠せないのか分からないが、昨日の作った笑みよりももっと可愛らしく見えた。仮面は完全に剥がれたようだ。


 沈黙の中、お茶で口の中を湿らせる。ここで説得できなかったら身分に物を言わせるしかなくなる。できればそれは避けたいところだけど。


 少ししてローズマリーは、静かに笑い出した。くすくすと笑うその顔はお上品な笑顔ではない。



「ふふふ、あなたがこんなにも面白い方だとは知りませんでした」


「それはこちらの台詞よ」



 そう返すとまた笑う。そして彼女はカップに口をつけた。



「昨日も聞いたけれど、ローズマリー、あなたはライナー様と結婚するおつもり?」


「結婚するつもりなんてありませんよ。だけどこのままだとそうなるでしょうね」



 貴族のご令嬢とは思えないほど飾らない言葉。あっけらかんとした様子。



「フォルスター公爵令嬢がどうにかしていただけるとおっしゃるのならありがたいのですが」



 ヘルミーナでいいわよ、と言うとローズマリーは小さく頷いた。


 彼女は本気でライナー様との関係を望んでいない。ならば何故近付いたのか。尋ねると、彼女はふっと笑い遠くを見た。



「そもそも私が狙っていたのは第二王子の方です。それがどこで間違ったのかいつの間にかライナー様の隣にいました」


「……それは、なんというか……災難だったわね」



 わたくしも少なからず覚えがある。ライナー様が絡めば計画は大抵破綻するのだ。なにせ予想外の行動が多いから。あの方のことを知っていて予想外の行動を計画に組み込んだとしても斜め上をいかれるからどうにもならない。



「それにしてもすぐに逃げればよかったでしょうに。あのライナー様よ。接点がなくても噂くらいは聞いたことがあったでしょう?」


「王族に声を掛けられて私ごときが断れるわけがないでしょう。すぐに興味が薄れるよう、敢えてヘルミーナ様と正反対の性格を演じたというのに興味は薄れるどころがむしろどんどん……」



 思わず同情してしまった。苦笑するしかなく、それを隠すようにお茶を飲む。



「どうしてルーカス殿下に近付こうとしたの? 王族に嫁ぎたかったの?」


「いえ、王族に嫁ぐことは別に。私はお金が欲しいだけです。権力も面倒もいりません」



 からっとした表情でそう言われ、咄嗟に言葉が出なかった。なんともまあ……さっぱりした子だ。顔に似合わず。



「お金、ね。何の為に?」



 見た感じ着飾ることが好きなわけではなさそうだし、贅沢をしたい感じでもなさそう。伯爵家に生まれたのだから不自由ないくらいのお金はあるでしょうに。


 いえ、別に。と、ローズマリーはお菓子に手を伸ばした。



「目的とかありません。だけど欲しい時になかったら嫌じゃないですか? 私はただお金が欲しい時に手に入る環境が欲しかっただけです。人生、大抵のものはお金で買えますからね」


「な、なるほど……」



 同感とまでは言えないけれど、一理ある、といったところ。


 なんだかとてもやりにくい相手だ。でも仲良くなれそうな気はすごくする。というか、この性格ちょっと好き。



「私こそヘルミーナ様に聞きたいのですが」


「なあに?」


「どうしてライナー様だったのですか? あなたのような方があんな方に本気で心を寄せるなど」



 ただの馬鹿じゃありませんか、と言われて既視感があった。口元に薄く浮かんだ笑みは悪意に満ちていて、とてもではないが令嬢のそれではない。


 こういう人を知っている。



「一人では何もできない甲斐性なしにヘルミーナ様は釣り合わないと思いますが」


「……ローズマリー、愛読書を聞いてもよろしいかしら?」


「何です? 急に」



 怪訝そうな視線を受けながらお菓子を口に運ぶ。



「いえ、ごめんなさいね。深い理由はないの。聞いたからと言って何かあるわけではないから素直に教えてちょうだい」


「平民の物語が好きです。ヘルミーナ様には縁がないと思いますが」



 やっぱり、と喉まで出かかった。それをお茶で誤魔化す。



「それはどなたかの影響かしら?」


「いえ、数年前に街で偶然目にして。それ以降度々街へ降りて自分で買ってきていますけど」



 納得した。貴族としてはかなり異質なローズマリー。既視感の正体はお母様だ。


 平民の物語が好きだから変わっているのか、変わっているから平民の物語が好きなのか……。いえ、それは今はいいわね。



「ごめんなさい、興味本位よ。気にしないで」



 眉をひそめるローズマリーは何か言いたそうに、だけど口を閉じた。


 平民の物語が好きならきっとお母様と気が合う。つまり、わたくしとも気が合うはず。なんて短絡的な考え。まるでライナー様のようだわ、と思って、笑ってしまった。



「なんですか? 急に笑い出さないでくださいよ」



 怖いです、と遠慮のない言葉に頬が緩む。



「やっぱりあなたとは仲良くなれそうだわ。そう思わない?」


「そうですね」



 肯定の言葉だったけど、どうも軽く流されたような気がする。やっぱりこの子はライナー様の好みじゃない。絶対に。



「それで、ヘルミーナ様は私をどうしたいのですか?」


「簡単よ。あなたが欲しい」


「知らないんですか? 女同士は結婚できませんよ」


「あら、あなたこそ知らないの? 我が家には妻を亡くして後妻もとっていない公爵がいるのよ」



 ローズマリーの表情がピシリと固まる。


 ライナー様がローズマリーと結婚するつもりでもローズマリーが先に結婚してしまえばそれも不可能。浮気をすることはできてもこればかりはどうしようもない。



「お兄様は28歳。10歳差くらいだったら別に珍しくもないわ。ライナー様とのことは一方的なものだったと被害者面しておいたら特に問題にもならない。いえ、わたくしがさせないわ」


「被害者面って……」


「ああ、もちろん、いい話ばかりじゃないわ」



 本当ならいいことばかりを言って頷かせたいところだけど、隠すのはフェアじゃないもの。それに、この子ならなんとなくうまくいきそうな気がするのよね。



「ローズマリー、ずばり聞くわ。平民の生活に興味はない?」


「ちょ、ちょっと待ってください。もしかしてそれ、ライナー様が追放だなんだと騒いでいた件と関係あります? それに、その本……」



 頬を引き攣らせるローズマリーはテーブルの上に置いた本へとぎこちなく視線を向けた。お母様に借りた平民の本。畑の作り方の本だ。


 にっこりと笑顔を向ける。



「察しがいいわね。追放されるのは癪だもの。その前に爵位を返上してこちらから王都を出て行くわ。3日後よ」



 そもそも売られた喧嘩を買った時点で王都を出るつもりではあったのだ。お母様もお兄様も。予定が少し早まっただけ。



「お金はほとんどなくなるわ。でも生活に困らない程度はどうにかなると思うわ。あなたの望む、欲しい時にお金が手に入る環境は難しいけれど」


「……馬鹿げてる」



 ローズマリーは呆然と呟いた。



「あら、何が?」



 一応現実は見ていると思うけれど。こうして畑の作り方の本も読んでいるし。お母様も昨日街へ行って色々な本を買い漁って来たようだし。


 ローズマリーの喉がひくりと動く。呆然とした目が彷徨う。かと思えばキッと鋭い目がこちらへ向いた。



「平民の暮らしをするの? 畑を耕すの? 土を触って野菜を育てるの? 粗末な服を着るの? 家畜を育てるの? 馬鹿げてる!」



 なんとなく彼女なら乗ってくれるかと思っていた。でもそう、当たり前ね。貴族の生活と平民の生活は天と地の差があるのだから。



「嫌なら強制はしないわ。あなたは王都に残ってライナー様との結婚生活も選べるのだから」


「嫌だなんて言っていないでしょう! 私が嫌なのはそれをあなたがすることよ……!」



 思わぬ言葉に目が開いた。沈黙が落ちる。目の表面が乾燥してきて、ハッとした。



「あなたは聖女で、公爵家のヘルミーナ様で、王子の婚約者。全ての令嬢の憧れなんですよ。それなのに畑を耕すなど……」



 そう言うローズマリーの瞳は濡れているように見えた。


 憧れだなんて、嬉しいことを言ってくれるわ。頬が緩んだ。


 時間さえかければライナー様や王を失脚させることもできる。だけど追放されるとしたら時間がない。ありもしない罪で罪人のように追われるくらいなら自分から出て行った方がマシ。


 それに、



「貴族の生活は十分に楽しんだわ。次は平民の生活を楽しむだけ。理解あるお母様と頼りになるお兄様と一緒だもの。わたくしは畑を耕すのも楽しみよ。だから泣かないで」


「な、泣いていません……!」



 ローズマリーは語気荒くそう言うと、乱暴に目を拭った。


 ふふ、と笑うと、ローズマリーは照れ隠しのようにお茶のおかわりを要求してきた。


 伯爵家のご令嬢が公爵家でお茶のおかわりを要求できるほどの図太さがあれば平民の生活もきっと送れるわ、と思ったけれど、それは口にしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。