5. お茶をご一緒しませんこと?
城を出て、馬車に乗ろうとした時だった。前庭に見覚えのある顔を見た。
ちょうどいい。思わず笑みが浮かんだ。
馬車から離れてそちらへ足を向ける。周りの貴族がこちらに気が付いてひそひそと話すのが聞こえた。
彼女は口元にうっすらと笑みを浮かべ、咲いた花を見ていた。
「ごきげんよう」
そう声をかけると、彼女ーーローズマリー・オルマンはわたくしの顔を見て視線を彷徨わせた。というよりも、逃げ場を探したように見えた。
「あら、心配なさらないで。わたくしはあなたに危害を加えることはしないわ」
「そう、ですか……」
小さな、か細い声。伏せた目、胸元で不安げに握られた拳、可愛らしい顔立ち。初めてちゃんと会ったけれど、彼女に恋をしたライナー様の気持ちは一瞬で理解できた。思わず守ってあげたくなるような子。
……だけど、どうも嘘くさい。
「ご挨拶が遅れたわ。ヘルミーナ・フォルスターよ。よろしく」
「ぁ……ローズマリー・オルマンです。よろしくお願いいたします……」
視線は落としたまま、小さな声で言ったローズマリー。オルマン伯爵家の一人娘。限られた者にしか使えない治癒の魔法を使う子。
「あなた、今何歳だったかしら?」
「じゅ、18、です……」
落とした視線が彷徨うのが見える。握った手が震えている。わたくしを恐れているように見えるけれど。
「18というとわたくしの2つ下ね」
「は、はい……」
13年も共に過ごした。ただ可愛らしいだけではライナー様の好みではないはず。……わたくしが気に入らないあまり、正反対のローズマリーに手を出したのかしら?
周りからのいくつもの視線を気付いていながら無視する。ローズマリーも居心地が悪いかもしれないけど、少しくらい我慢してもらいましょう。
「早速本題に入るけれど、ライナー様と恋仲であるというのは本当かしら?」
ローズマリーはびくりと肩を震わせた。口から出るのは謝罪か、言い訳か。そう思ったが、意外にも彼女は小さく頷いただけだった。
落とした目はどんな感情が浮かんでいるのかよく見えない。
「婚約者であるわたくしの存在を知りながら?」
「はい……」
小さな返事。だけど確かに頷いた。震える体。胸の前で握りしめた拳。顔は上げることなくずっと下に向いている。それでも、謝罪も否定もしない。
わたくしの勘が言っている。
演技だ、と。
「……あなたを責める気はないわ。理由を聞いてもいいかしら?」
ローズマリーはゆっくりと顔を上げた。口元に微笑みが浮かぶ。それは婚約者を奪って勝ち誇ったものでも、わたくしへの同情でも、取り繕ったものでもなかった。
どこか困ったような、本心を移した笑み。
「王子様に言われたらわたくしは断ることなどできませんもの」
儚く可愛らしい外見と裏腹にわたくしを見据えた目は真っすぐで、確かな何かを移している。
く、と喉の奥から笑いがこみ上げた。お母様に悪役のようだと言われた笑いをかみ殺す。
わたくしの目に映るローズマリーの姿。ほとんどが嘘で固められたもの。だけど言葉は嘘ではない。それから、困っていることも。
わたくしから婚約者を奪った方は一体どんな方かと思っていたけれど、想像以上だった。ふふふ、と堪えられなかった笑みが漏れる。
なんて面白い子なの。もっと早くに別の形で会いたかったわ、と思う自分と、これでいいのだ、と思う自分がいる。
「ライナー様の性格はご存じ?」
「……はい」
「ではライナー様の無能さは?」
率直な言葉に返事はなかった。微かに寄った眉間の皺が彼女の本心を移している。込み上げそうになった笑いを再びかみ殺す。
「本気であのライナー様と結婚するおつもり?」
ローズマリーはゆっくりと口を開く。それが言葉になる前に遮った。
「お返事がどちらでも今ここで口にしない方が賢明ね」
ローズマリーが口を噤み、目だけで周りを見る。周りにはこちらを見ながら何事かを囁く姿がたくさん見えるはずだ。
もう少しゆっくりお話ししたかったけれど、こうしているとわたくしがローズマリーをいじめているように見えるかしら?
そう考えて、いい案を思いついた。
「ローズマリー」
許可も得ずに名前を呼んだわたくしに、ローズマリーは微かに眉をひそめる。
「あなたとはもっとゆっくりお話ししたいわ。明日はお時間空いているかしら?」
何事かを考えるように、断りの言葉を探すように、視線が彷徨う。だけどわたくしは聞いていながらも返事は求めていない。
ローズマリーが断りを口にする前ににっこりと笑顔を浮かべて言った。
「わたくしのおうちでお茶をご一緒しませんこと?」
「あ、あの……」
「そうね、朝食の後がいいわ」
こちらは公爵家。あちらは伯爵家。身分に物を言わすのはあまり好きではないけれど、この際だ。わたくしには時間がないのだから。
「着飾る必要はないわ。気軽に来てちょうだい」
わたくしの言葉にローズマリーの目が鋭くなった。その視線を受けて、ふふ、と笑う。
公爵家の令嬢を婚約者に持つ王子に手を出した娘。どんな愚か者かと思ったけれど、ちゃんと賢いみたいで安心したわ。
演技はなしで。
わたくしの言葉の意味をちゃんと受け取ってくれたようで。
「ではお待ちしているわね」
明日が楽しみだわ、と笑みを向けて踵を返す。背後から返事の代わりに小さなため息が聞こえた。
馬車に乗って外を見る。ローズマリーはまだそこにいて、最初と同じように花を見つめていた。だけどその顔に笑みはない。鋭い瞳が一瞬こちらへ向き、小さく手を振る。彼女は顔をしかめると、城の中へと早足で歩いて行ってしまった。
本当に、面白い子。ライナー様には勿体無いわ。
ローズマリーと話して分かったこと。彼女は予想外に面白く、結婚の話はライナー様の一方的なものだということ。
喉の奥が震える。そこに力を入れた。
ライナー様の手の中にあったもの。王子の身分。次期王の立場。わたくしという優秀な婚約者。なけなしの人望。無駄に高いプライド。それから、ローズマリー。
ライナー様は気が付いていないかもしれないけれど、もう既に半分以上は失くしている。残ったものもじきに失われる。
家に着いた時にはもう堪えられなかった。素早く中に入って扉を閉める。
「ふふ、ふふふ……」
全て奪ってみせるわ。わたくしが王都を出る時にライナー様に残るのは、全てを失くした王子の身分のみ。
プライドをへし折られたライナー様の顔を想像するだけで気分が高揚して仕方がない。
ああ、楽しみだわ。
「おーほっほっほっほ」




