4. あら、面白いことをおっしゃいますのね
ガラガラと馬車の音を聞きながら揺られる。
神殿長は気にする必要はないと言った。聖女とは必ずしもいるわけではない。聖女のいない時代は過去にもあり、その間に防ぐことのできなかった災害もいくつもあったのだ、と。
ライナー様や王が神に嫌われたところでどうでもいい。でもこれはダメだ。これは……平民の生活に影響が出てしまう。
完全に誤算だった。神がそこまで怒るとは。……分かっていたからと言ってわたくしにできることなどなかったけれど。
はあ、とため息をついた時、馬車が速度を落とし、少しして完全に止まった。外から開かれた馬車の扉から降りる。周りから向けられるいくつもの視線を無視して城の大きな扉をくぐった。
さて、神の言葉を誰に伝えるべきかしら。
これまでは全てライナー様に伝えていた。だけど執務室に入ることも禁じられた今、わざわざあそこに行く気にもならない。
王も、正式な婚約解消の書状を出したということはライナー様と同じ考え。王妃様は数年前に亡くなられているし……選択肢は一つだけね。
これまではあまり足を運ばなかった方向に足を向ける。向かうは第二王子、ルーカス殿下のところ。
ライナー様の元婚約者で、第一王子派の元筆頭であるわたくしはどんな目で見られるかしら。なんて思いながら歩いていると、前から見知った姿が歩いてきた。その人もわたくしに気が付いたのか、小走りで寄ってくる。
「フォルスター公爵令嬢……!」
「殿下……」
ちょうどよかったわ、と笑みを浮かべた瞬間、ルーカス殿下は勢いよく頭を下げた。
「兄の非礼をお詫びいたします。大変申し訳ありません」
「いえ、殿下に謝っていただくことではありませんわ。顔をお上げになられて」
王族に頭を下げさせるなんてとんでもない。何よりも周りの視線が痛い。ここはもうルーカス殿下の執務室の近く。つまり、第二王子派の貴族ばかりがいるところ。
気にはなるわけではないけれど、無駄に敵を作りたい状況でもない。
まだ気にした様子のルーカス殿下は眉を下げてわたくしを見る。ライナー様はわたくしの一つ上、ルーカス殿下は一つ下だったはず。こうして見るとルーカス殿下の方が上だと言われても不思議ではない。
前から思っていたけれど正反対の兄弟だ。
「それより殿下、お伝えしたいことがございますの」
「なんでしょう?」
どうしてこの方はわたくしに敬語を使っているのかしら、と思いながらも早口で告げる。
「神からのご伝言です。次の聖女はもうない、と」
「は……」
一瞬にしてルーカス殿下の顔が青くなる。その視線があちこち彷徨い、最後にはわたくしの右手に向いた。
確かめるようにじっと見る目。そういえばこの方には見えたわね、と思いながら祝福の紋を左手で撫でた。
「そう、ですか……」
「……力及ばず申し訳ありません」
「いいえ、それこそあなたの謝ることではありません。ご心配なさらず。神の予言がなくとも困らない国を作れば良いだけですから」
なんともまあ真っ直ぐでしっかりした方なのだろう。本当に、わがまま放題のライナー様とは正反対。
この方にはぜひ次の王として頑張っていただきたい。
なんて思っている時だった。ルーカス殿下の視線がわたくしの後ろへ向いたことに気が付いた。
「おい、そこの偽聖女」
と同時に鋭い声が聞こえた。
「あら、ライナー様、ごきげんよう」
どうしてこんなところにいるのかしら、と思いながらも笑みを浮かべる。振り向いて見たライナー様は目を吊り上げてわたくしを見ていた。
「婚約を解消した途端今度はルーカスに擦り寄るのか。とんだアバズレだな」
「な……っ!」
ライナー様の言葉に反応したのはルーカス殿下だった。
「兄上、そのような言葉、口にするべきではありません。フォルスター公爵令嬢に詫びてください」
「俺に指図か? いつからそんなに偉くなったつもりだ?」
いつからも何も、昨日からでしょうね。
心の中でそう答える。怒りをあらわにしたルーカス殿下が口を開く前に一歩前に出て言葉を制した。これはわたくしに売られた喧嘩。他人に買ってもらう義理はない。
「仮にも婚約者だったわたくしに対して酷い言いようですわね。ライナー様こそローズマリー様とのその後はいかがですか?」
お前に言われたくねーよ、と率直に心の中で吐き捨てる。貴族の言葉は遠回しで罵倒も上品。だけど平民の言葉は真っ直ぐでスカッとする。本当は口に出して言いたいところだけどさすがにそれは我慢した。
ライナー様はダメージを負った素振りを見せず、ふん、と鼻で笑う。
「残念ながらまだ会っていない。早く会ってお前との婚約破棄のことを伝えてやりたいところだ。彼女はどんなに喜ぶことだろう」
……もしかしなくても嫌味だと気が付いていないのだろうか。
立ち止まってこちらを見ている貴族たちの何人かが堪えきれず吹き出すのが見えた。
やめて欲しい。わたくしも笑ってしまいそうだから。
唇を噛んで笑いを堪える。それを勘違いしたのか、ライナー様は満足そうにわたくしを見て言った。
「悔しそうだな。そんなお前に知らせがある」
「はぁ……」
「お前を王都から追放する」
高らかな宣言にルーカス殿下が息を呑む気配があった。
どうだろう、と言わんばかりの満足気な顔。こういった顔を平民の言葉でなんと言ったのだったか、お母様に以前教えてもらった……ああ、そう、ドヤ顔だ。
「えぇと……罪状をお聞きしても?」
どういう反応をしていいのか分からずにそれしか言えなかった自分を心の中で責める。何か皮肉を言うタイミングだったかもしれない。それとも気が付かれないよう罵倒するべきだったか……いえ、王族を罵倒するのはいけないわ。
「偽の聖女を騙った罪だ」
「……はぁ」
偽も何も本物だけど。これまで何度も神の予言を持って行ったと言うのに、何を聞いていたのだろう、この方は。
「まだあるぞ。隣国と交わす大事な書類を燃やした罪だ」
「……はぁ」
ドヤ顔のまま重ねられた言葉にそれ以上の言葉が出てこなかった。あまりにも稚拙で。
「今すぐに新しいのを出せばその罪は取り消してやろう」
「はぁ…………?」
ライナー様が眉をひそめる。その顔を見てハッとした。いけないいけない、相手のペースに飲まれていた。
しっかりしなければならない。すっかり緩んでいた表情筋を引き締め、笑みを浮かべる。まだ正式に婚約の解消を行なっていない以上、聖女云々に関しては一旦放置。
「申し訳ありません、ライナー様。昨日お伝えし忘れておりましたが、あの書類には不備がございましたの。あのまま先方にお渡ししたら大変な失礼に当たっておりましたので、わたくしが責任持って破棄いたしました。わたくしの作った書類をわたくしが破棄したところでなんの問題もございませんよね?」
一息にそう言った。ライナー様は理解できないといったように眉をひそめる。
「そして婚約の解消を言い渡された今、わたくしがライナー様の大事なお仕事に手を出す権利はもうありませんの。ですので、ライナー様の優秀な文官達に作り直すようおっしゃってくださいませ」
「……つまり、お前はやらないと言うことか?」
訝しげなライナー様はようやくわたくしの言っていることを理解したようだ。よくこんなところにいる余裕があるなと思ったけれど、もしかしてわたくしがあれをもう一度作っているとでも思っていたのかしら。
「ええ、そういうことですわね」
心なしか、ライナー様の顔色が悪くなっていく。唇が震えるのが見えた。
「責任から逃げるのか?」
頭の中がお花畑、と言うのはまさしくこの方のためにある言葉だわ、と思う。
「あら、面白いことをおっしゃいますのね。あれはライナー様のお仕事ですわよ。わたくしは婚約者としてお手伝いさせていただいていただけですわ」
報酬なんて全くもらっていない。わたくしは本当にただの善意でライナー様の婚約者として手伝っていただけ。責任はわたくしのところではなくライナー様のところにある。
「き、さま……っ!」
「殿下もそう思いませんこと?」
「え?」
真っ赤な顔で怒りに震えるライナー様を無視して、振り向いてルーカス殿下に同意を求める。殿下は一瞬呆けていたが、すぐにハッとした様子で頷いた。
「ええ、その通りだと思います」
「執務室へお戻りになられた方がよろしいのでは?」
わざとらしく首を傾げると、ライナー様は鋭い目でわたくしを睨んだ。そんな目で見られたってなんとも思わない。笑みを浮かべてもう一度首を傾げる。
「ヘルミーナ、貴様、覚えておけよ」
ライナー様は憎々しげに言い捨て、わたくしに背を向けて歩いて行った。
「ヘルミーナ様、申し訳ありません……」
心底申し訳なさそうに謝るルーカス様の謝罪を、いいえ、と断る。謝られる必要はない。あれを放置してきたのはわたくしも同じだから。……もう少し真面目になってもらえばよかったかしら。なんて今更ながらに思った。だってまさかこんなことになるなんて思ってもいなかったもの。
「ところで、もし王都からの追放が実現するとして、最短で何日だと思われますか?」
「え……?」
急な質問に視線を彷徨わせたルーカス殿下はそれでも真面目に考える素振りを見せてくれた。
「ヘルミーナ様は公爵家のお方……あのような根拠のない罪で追放など本来なら不可能ですが、父上がその気になれば……最短で7日と言ったところでしょうか」
「7日……」
あとしないといけないことは……ええ、間に合いそうね。
復讐の大半は婚約を破棄することで自動的に果たされる。殿下に責がある婚約破棄。この時点で我が家に同調していた第一王子派の貴族は遅かれ早かれ離れる。それによりライナー様は強い後ろ盾をほとんどなくす。
それから、聖女であるわたくしが婚約者じゃなくなったことで、ライナー様の次期王の座が揺らぐ。仕事のほとんどを終わらせていたわたくしもいなくなるのだから、今後はルーカス殿下の優秀さが表に現れてくることだろう。
この時点でライナー様の手の中にあるものはほとんど失われるのだ。
内心ほくそ笑み、顔にはにっこりと笑顔を浮かべる。
「もしもお時間が許すなら、今度お茶をしながらこの国の将来のお話をいたしましょう、ルーカス殿下」
「は、はい、ぜひ」
目だけで周りを見る。第二王子派の貴族がたくさん。ギャラリーは充分。
わたくしのこの言葉で、わたくしが次の王にルーカス殿下を推しているということは伝わるだろう。これで第一王子派の何割かが第二王子派に流れることは確定。
では、と頭を下げてその場を立ち去る。
神のこと以外全てが順調。歩きながら笑いがこみ上げ、ふふ、と控えめに笑った。




