10.守られるだけは性に合いませんわ
十日も経てば生活にも短い髪にも慣れた。おじいさん夫婦は畑や家事の一通りを教えてくれ、町の人たちもわたくし達の存在を徐々に受け入れてくれるようになってきた。
そんなある日だった。お兄様とおじいさんと一緒に土の様子を見ていた時、いくつもの悲鳴が聞こえた。
「盗賊だ!」
「女と子供は家に入れ!」
反射的に立ち上がりお兄様を見る。お兄様は一つ頷くと、何も持つことなく走って行った。
「おじいさん、家の中に入ってくださいませ」
おじいさんを中へ促す。ローズマリー、と呼ぶ前にローズマリーは立ち上がった。
「お母様、おじいさんをお願いね」
「ええ、気を付けて」
ローズマリーと一緒に大通りへと走る。のどかな平和な町だと思っていた。まさかこんなことが起こるなんて思ってもいなかった。
大通りには町の男の人が集まっていて、それに対峙するように明らかに柄の悪い男たちが立っていた。男の人たちの間を縫って走る。
怪我をした方はいませんか、とローズマリーがわたくしから離れた。
「おい、女は出て来るな」
「お嬢さんたち、危ないので中へ」
男の人達の咎める声を無視して前へ出ると、一番前に立っていたお兄様が困ったような笑みをわたくしへと向けた。
「ヘルミーナ、お前も来たのかい。家で待っていて欲しかったよ」
「いいえ、守られるだけは性に合いませんわ」
「そうだろうね」
ええ、と頷いて前を見る。盗賊のリーダーのような男がわたくしを見て下卑た笑みを浮かべた。
「おいおい、久しぶりに来てみたら上物がいるじゃねえか。そいつを売れば俺たちは一生遊んで暮らせるぜ」
『久しぶりに来てみたら』? つまり初めて来たわけじゃないってこと?
眉間に皺が寄るのが自分でも分かった。
「あの方たちは常連なのかしら?」
そこに立っていた町の若い男の人に声を掛けると、彼はゆっくりと頷いた。
「これまで物やお金だけでなく女も子供も何人も連れ去られています。亡くなった人も……」
頭を殴られたような衝撃。同時に胸の奥で沸々と何かが湧いた。
「……知らなかったわ。これが平民の生活なのね」
わたくしは何も分かっていなかった。パンを作る手間も、畑を耕す大変さも、針仕事の難しさも、硬いベッドで寝たら体が痛くなることも、こんなにも近くに命の危険があることも。
聖女の役割を果たし、ライナー様の仕事を手伝い、平民の為に国を支えている気になっていた。全然支えられてなんていなかった。
「……私達は無知だったね」
お兄様の呟きに頷くことしかできなかった。お腹の奥底のどんよりとした感情に少しの吐き気を覚えた。
「どうかお引き取り願いたい」
お兄様の言葉に盗賊達はひひひっと下品に笑った。
「お引き取り願いたい、だってよ」
「その男も高く売れそうだな」
「悪いが、俺たちはお上品なお言葉を理解できる頭がなくてな」
わたくしが魔力を放出するのと、盗賊達が地面を蹴ったのはほぼ同時だった。
「お姉様、怪我をした方は全員治しました」
最後の盗賊を縛り上げた時、どこかへ行っていたローズマリーが戻って来た。
「お姉様やお兄様はお怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だよ。ヘルミーナの魔法で一瞬だったからね」
唇の端を上げたお兄様は何か言いたそうにわたくしを見た。う、と言葉に詰まった。自覚はあるし反省もしている。
「久しぶりに魔法を使ったせいか、怒りのせいか、上手く制御ができなかったの。誰も亡くならなくてよかったわ」
一撃で盗賊達を一網打尽にしてしまったわたくしの魔法は、自分でも驚くほどの威力があった。そのせいか、町の男の人達がチラチラと先ほどからこちらを気にしている。せっかく馴染めそうな雰囲気になっていたというのに。
「この盗賊は我が国の人間じゃないね」
お兄様が縛って転がした盗賊達を見て言った。そう言われると確かに見慣れない服装だったり、変わった装飾品をつけたりしている。
「……となると、国境の向こうに引き渡す必要がありますね。わたくしが行きましょうか?」
「いや、私が行こう。ヘルミーナはこの町で待っていなさい」
はい、と返事をするとお兄様は町の人たちと一緒に盗賊を荷車に乗せ、町を出て行った。ここから国境まではそう遠くはない。だけどお兄様が帰るのはきっと夜になるだろう。
きっと疲れて帰って来られるから美味しいご飯を用意しておきましょう。そう思っていた時だった。
「あの……」
遠慮がちな声が後ろから聞こえ、振り返ると商人らしき男の人がいた。
「お声を掛ける失礼をお許しください」
「いえ、わたくしはもう貴族ではないから気にしないでくださいませ」
この十日間で何度も繰り返した言葉を口にすると、商人はほっとし、だけど恐る恐るといった様子で口を開いた。
「もしや王都から出られた尊いお方ではありませんか? こ、公爵家の……」
「ええ、元公爵家の人間ですが」
平民にとって貴族は貴族でそれが伯爵だろうが公爵だろうが関係ない、とおじいさんは言っていた。しかしこの商人はわたくしの肯定に明らかに顔色を失った。
「もしかして王都に出入りされる商人なの?」
ローズマリーが首を傾げる。商人は、はい、と頷いた。わたくしたちのことを知っているということは、この商人は王都から来たのだろうか。それなら何か知っているだろうか。
「あなた王都のことを何か知ってられる?」
「は、詳しいことはよく知りません。ただ、お貴族様方が何やら大変なご様子で……」
「王子様のことは何か聞かなかった?」
知りたいのはライナー様が今どうなっているか。だけど、一介の商人にこんなことを聞いても分からないかしら。
「王子様は随分とお怒りなご様子だとしか……申し訳ありません。もっと詳しい情報がご入用なら商人仲間を通じて仕入れますが」
「へえ、商人って情報も売ってくれるんですね」
わたくしも今同じことを思っていたところだった。
「大丈夫です。ありがとうございます」
ライナー様が怒っていることが分かれば十分。少なくとも何か不都合な状況でしょうから。
「ローズマリー、怪我をした方がいないのならもう帰りましょう」
「はあい」
二人で並んで歩くと、ひそひそと話声が聞こえた。『魔法』とか『貴族』とか、そんな単語が聞き取れる。こちらへ向く視線からは好奇と恐れが読み取れる。ふと目が合った若い男の人は、わざとらしくわたくしから目を逸らした。
「……すっかり怖がらせてしまったわね」
小さく呟くと、ローズマリーも眉をひそめ、感じ悪い、と呟いた。
「私は怪我を治した。お姉様は盗賊を退治した。それなのになんでこうなるんでしょう」
「力とはあるだけで恐れられるのよ。魔法の使えない人達にとってわたくし達は脅威でしかない。守る力は奪う力にもなり得るのだもの」
ローズマリーは不満そうに口を尖らせる。
魔力をもつのは貴族のみ。魔力を持つ者と魔力を持たない者の間に子はできない。だから平民が魔法を使うことはできない。そして、貴族の生まれであるわたくしは魔力を有し、魔法を使うことができる。平民となった今も、これからも。
平民の暮らしはともかく、馴染むのはやっぱり難しいのかしら。いえ、そんなこと関係ないわ。わたくしはわたくしにできることをするだけ。
「まずは盗賊の対策を考えなければならないわ」
歩きながら呟くと、ローズマリーは、お姉様らしい、とどこか呆れたようにため息をついた。




