葛藤
過去編終了で、ここからはまた一人称で始まります。
懐かしい夢を見ていたような気がした。
嶋咲の笑顔が頭から離れなかった。彼女は俺を救ってくれた恩人であり、俺の心に触れ、そしてその清い心に触れさせてくれた唯一の人であった。嶋咲がいなかったら俺はどうなっていただろうか。中学三年の時も学校へ行けず、就職もできずに野垂れ死んでいただろうか、或いはお袋に殺されていただろうか。嶋咲は俺の命の恩人であった。俺はどうにか彼女に報いたいと思っていた。今ももちろんそう思っている。しかし俺はまだ何も嶋咲に返すことができていない。自身が情けない。
横たわり寝返りを打つと、晶の香りが微かにした。彼女の優しさを思い出す。あの狭い台所で料理をする姿が鮮明に浮かび上がる。それに腕の中で抱いていた温もりも。
「いつも美味しい美味しいって食べてくれるから凄い嬉しいし作りがいがあるよ。私も藤村くんのこと大好きだからずっと一緒に居たいし、愛し合って、沢山ご奉仕して、可愛いがられて、虐められたいと思ってるよ」腕の中で恥ずかしそうにはにかんだ。
「やっぱり晶はMだったんだね」
「うん、さっきのよりもうちょっとだけキツめにいじめてほしいな」
「虐めてください。お願いしますだろ?」と軽い力で首を掴み耳を甘噛みした。
「あッ……お腹きゅんきゅんしちゃった」晶は俺の手を掴んで、下腹部を触らせた。晶の望み通りそこを撫でた。
「本当エッチだね晶は」
「藤村くんのせいだよ。責任とってよ」信頼するように全体重を預けて凭れかかった。
今はその温もりも重さも身体をすり抜けて何処かへ行ってしまうようだった。
頭の中はぐちゃぐちゃで、もうどうにもならなかった。昔の自分が聞けば、贅沢な悩みだと鼻で笑うだろう。俺は今まで選択などはできなかった。生きるために必要な物や術を選り好みしている余裕などなかった。選択と決断は俺にのしかかり押しつぶされそうだった。
ただ晶に対して俺は責任を取らなくてはならないと思う。俺は今日、二回も晶に精を吐き出した。
二回目の方をしてしまっては、責任を取らないわけにはいかないだろう。
二人で舌を絡めながら、晶は俺のシャツのボタンを外して身体を触り欲望を煽った。俺は晶の手を取って、硬くなったところに触れさせた。晶はズボンとパンツを下ろして、手でし始めた。キスとの相乗効果は凄まじかった。俺は快楽を少しでも長く味わうために、ただ耐えていた。しかし晶は手を離し俺の肩を押しやった。
「……え?」俺はショックで声が漏れた。
「違うの、そんな悲しそうな顔をしないで」晶は笑いながら俺のズボンとパンツを完全に脱がせた。
晶は仰向けになり、ワンピースのスカートを胸までたくし上げ、下着を脱いだ。俺は生唾を飲んだ。
「ほらもっと腰を下ろして」晶は俺のを握り、自身の割れ目に当てがい、ぎゅっと押さえつけた。「すごい熱くて硬くなってる。ふふ、期待してた? エッチはまだダメだよ。その代わり擬似エッチね」誘惑するような表情で微笑んだ。
本当に猿のように腰を振った。その度に晶は俺を興奮させるために、喘ぎ声をわざと出してくれた。二人の汁が絡み合い、ニチャニチャといやらしい音を立て始めた。晶は指先で俺の胸を執拗に撫でてきた。俺は我慢の限界だった。
「出す時はお腹の上に先っぽをくっつけて出してね」撒き散らさないようにするために言ったのだろうが、彼女の水泳で鍛えられ引き締まった腹筋の上にかけられるということは、この上ない喜びだった。
すると晶は煽るようにに舌を出して目を細めた。
本当にこの女は! 耐えきれず、そのまま顔を近づけ舌を絡めあった、晶の言う通り先っぽをハリのある瑞々しいお腹の上に押しつけ、胸を触る手を爆発寸前の場所に運び握らせた。
晶は全て分かっていた。俺のことなどお見通しだった。俺は晶に導かれ至った。
晶はティッシュでお腹を拭きながら「いつかは外じゃなくて、この中に出してもいいからね」悪戯っ子のように笑った。俺は乱れる息を整えながら、晶の頭と顔を撫でた。
晶はそんなことを言ってくれたんだから、俺がその責任を果たさないでどうするのだろか。
携帯が鳴った。二人からかかってくるアプリの着信ではなかったので、会社からの電話だと思い携帯を手に取った。しかしそれは知らない番号だった。
俺は初めて飛行機に乗り込んで席に座った。
目の前には二人の小さな兄弟を連れた母親がやってきて、母親と弟は前に座った。
「ユウキ、お兄ちゃんに迷惑かけないように大人しく座ってるんだよ」といわれた少年は六歳くらいだろうか、母親の話を聞いているのかいないのか、ぼんやりとしていた。「すみません、よろしくお願いします」母親は深く頭下げた。
俺も会釈して返事をした。
「ねえ、オレ窓側がいいな」子供らしいレが上がってゆく一人称だった。
「ユウキ、勝手なこと言わないの!」
「いえ、構いませんよ。席交換しようか」
俺が一度通路に出るとユウキは勢いよく窓側に乗り込み、窓側に顔を張り付けて外を見ていた。母親は何度も謝っていた。
「ねえ、お兄ちゃんはどこに行くの?」ユウキは馴れ馴れしい口調だった。
「大分だよ」
「ホント、オレも大分だよ!」
驚いて言ったので俺は笑ってしまった。
「この飛行機に乗る人はみんな大分に行くの」前の席から呆れたような声が聞こえてきた。
「そうなんだ」また阿呆のような顔をして窓に顔を張り付けた。「なんで大分行くの?」
「温泉に入りにさ」
「天然温泉でしょ」
「そうだよ。大分は有名なんだよ」
「なんで大人は天然が好きなんだろうね」
「……なんでだろうね。希少感や特別感があるからじゃないかな。或いはそういったことを行動する理由にできるからかな」
「ふーん」どうでもよさそうに。
それからユウキはバッグの中からゲーム機を取り出して遊び始めた。
「ヌインクラフトって今の子もまだやってるんだ」
「お兄ちゃんもやってるの?」
「いや、俺は買ってもらえなかったから指を咥えてみんなが遊んでる様子を眺めてたよ」
「なんで買ってもらえなかったの?」
「悪い子にしてたからサンタさんが来なかったんだよ」
「サンタなんているわけないじゃん」
「俺が子供の頃はまだいたんだけどね」
俺が笑うとユウキは何を言ってるんだこいつは。と、そんな目で見てきた。それから熱心にゲームをしていた。俺はあまり眠れていなかったので目を瞑った。
空港に着き辺りを見渡すと、すぐに老夫婦が俺の元に駆け寄ってきた。
「ほんとよく来たなあ。若い頃の隆二にそっくりだぁ」
「申し訳ないなぁ、こんな可愛い孫がおったなんて知らんかったけん」女性は既に涙を滲ませていた。
この二人は俺を孕ませて逃げ出した、ろくでなし親父の両親だった。祖母が言うように二人は俺の存在を最近まで知らなかったようだ。
父親が病に伏せ弱ってゆくたびに、息子に会いたいと譫言の様に言うようになったらしい。医者は強い薬の作用で譫言を言っているだけだと、それでも祖父母にはその言葉が真実のように感ぜられ、調べてみると本当に息子がいると発覚したそうだ。
俺は古いカローラの後ろに乗せて貰い、親父が病で伏せている病院へ向かった。
親父は哀れなものだった。痩せこけて、目は虚で、今にも死にそうで、腐ったような匂いがした。親父はもう声が出ず、祖父母が息子が会いに来たと何度も声をかけると、俺にその細い手を伸ばしてきた。
俺はその手を握ってやった。そして親父は再び目を瞑った。もう長くはないらしい。
俺は親父にあったらどんな気持ちになるだろうかと、何度も考えたことがあった。ただ腐った匂いが不快だっただけで、特に何も感じなかった。やっぱりベッドで伏せているのは赤の他人で、なんの感慨も湧かなかった。俺はお袋のことは憎みながらも愛しているが、いきなり父親だと言われて知らない誰かが現れても何も感じなかった。
祖母は何度も謝っていた。
それから鰻を食べさせてくれた。俺は鰻を初めて食べた。高い割にはそんなに美味いものじゃないと思った。タレが美味しいだけだ。それから温泉に入り、道の駅でソフトクリームを買ってもらった。
立派な平屋の家だった。祖父は大工で自分で建てたのだという。俺は田舎を散歩してまわった。長閑でいいところだった。赤蜻蛉が群れをなして飛びまわっていた。空気を肺いっぱいに吸い込めるような気がした。
家に帰ると祖母が食事の準備をし、唐揚げを揚げていた。大分の名物らしい。俺は隆二と書かれたスケッチブックを手に取った。
「あの、これは?」
「隆二よくそれに絵を描いちょったけん、見てみぃ」
俺はスケッチブックを開いた。自然の絵だった。俺はその絵を見て一つわかった。こんな絵を描く人間は人を愛せないだろうと、あまりにも自然を愛しすぎている。
山々や木々の一本に至るまで性格が与えられ、可愛がられていたていた。俺は何故か自然の絵が愛する女性を描く肖像画に見えた。どの絵もそれは変わらなかった。
俺はふと携帯を見ると充電は切れていた。
「あの、充電器ってありますかね」
尋ねたが二人は未だガラパゴス携帯を使っており、タイプCのケーブルなどは家に無かった。
「ジャスコに行かねえと置いちょらんやろうなぁ」
「あの表にあったカブを借りていいですか。空港から来るところにあったところですよね」指を差した。
「あんなん乗っていたら尻が痛えし、もう暗いし危ねえ。明日、朝イチで車出しちゃるけん」
仕方ないと思い頷いた。
食事をし話をしていると、こっちで一緒に住まないかと提案された。断ると寂しそうな表情をしていた。
「また遊びにきますよ」
二人は嬉しそうに微笑んだ。
それからは質問責め。俺は適当に答えた。ばあちゃんは次々に唐揚げを揚げて、食えども食えども尽きることは無かった。
「一人で過ごしてたら寂しいやろ。いい人はいないんかえ?」
「いい人ですか……」俺は何も言えなかった。
何かを察してか、二人は何も聞いて来なかった。
俺は客間のベッドで横になった。やはり思い浮かぶのは二人の姿だけだった。その時コンコンとノックされ、返事をするとばあちゃんが焦って入ってきた。
「隆二たった今、亡くなったって」
俺はただ、呆然としてその言葉聞いていた。




