魔法と詠唱
マーリンの話を聞き、アリスの準備が終わったのは丁度昼頃だった。色々な資材を買ってきたらしく荷物が多い。重さもそれなりに重いのでこのままではリンが苦労する事になるのでそれとなく諭してやろうと口を開きかけた時、宿屋の床にチョークのようなもので印を書き記しだした。
「……これは闇属性……。」
魔法文字は未だ勉強中なので読むのに苦労するがどうやら闇属性の移動魔法のようだった。
「闇系移動魔法よ。『転移門』ってやつ。同じ魔法陣が必要だけど長距離を移動できるわ。」
「あぁ、ゲームでお馴染みのテレポート系か座標移動時のバグ潰しをよくやった。」
「……。にしてもよく読めたわね。」
「勉強中だからな。簡単な単語なら読める」
「ふぅん。」
「アリス様は全ての言語が分かるのですよね?」
「えぇ。分かるけど……あまりいいものでは無いわ。」
「まぁ、そうだろうな。」
「はい、出来た。皆、荷物は持った?この陣は1回こっきりだから戻ってこれないわよ?」
「ふむ、もし、失敗したら?」
「石の中にいる……かな」
「フィラデルフィア計画かよ」
「フィラ……?何それ」
「あぁ、なんでもない。」
魔法陣の上に立つと周囲の景色は吸い込まれるように歪みだし、一瞬だけ意識が飛ぶ。足に着地の感覚が届き目を開けるとそこはどこかの部屋のようだった。
「ようこそ。私のアトリエへ。散らかってるけどその辺に座って。」
「……。」
「おぉ、凄いな。希少な素材がこんなに……。」
「これは……マルコガネの琥珀ですか!?凄い……綺麗ですね」
確かに散らかっていた。だが特段気にするものではなく、その辺に転がっていた椅子の上のものをどかし、座る。
「クリス、ギルバートに帰還の連絡を。どうせすぐに出るけど2、3日は滞在するでしょ?3人とも。」
「まぁ、おっちゃん次第だな。まぁすぐに終わるにしても明日明後日くらいだろうしな。そういや……アリス、入国審査はしなくていいのか?」
「は?日本じゃあるまいしこの世界はザルよザル。それに勇者特権で基本的にどこの国も出入り自由だし」
首から下げたプレートをヒラヒラと動かしながらアリスはベッドに座った。
「あーやっぱり自室は居心地がいいわ〜。」
「あの、アリスさんここは一体……。」
「あら?言わなかった?私のアトリエよ」
「アトリエ?」
「工房とも言えるわね。」
「あぁ、いや、そういう事ではなく、ここは何処なんです?」
「あーと……私が作った亜空間……かな。そこの白い扉が王都青い扉が帝都緑が共和都市連合国ね」
アリスが指さす先には様々な色の扉があり、行き先表示用の白いプレートが掛かっている。
「すげぇな」
「まぁ空間魔法の応用よ。各自の部屋も今作っといたから出発まではそっちにいていいわ。」
「おう。ありがと。帰ってくるにはどうすればいい?」
「クリスはクリス専用の鍵があるけど……ユウ達は……。いいわ。私が同行する。」
「色々すまんな。」
「いいのよ。代わりに長旅の道中はこき使うから。」
「あ、はい。」
アリスが白い扉の前に立ち、ノブを回すと少し懐かしさを感じる通りに出た。1度出て周囲を確認するともはや馴染みの店となりつつある『イゾラの火』へ向かう。何だか学生時代に良く行った秋葉原のパーツショップのような感覚で入店し、店主のおっちゃんに話をしに行く。
「いらっしゃ……ユウじゃねぇか。ルウも。それか……おいお前そちらのべっぴんさんはどうしたんだよ。」
「……。まぁ落ち着いてくれよおやっさん。こっちはビショップの勇者だ。あとこっちのはリンって言う。」
「え!?」
「おじさん。今日は武器の調整に来ました。」
「なぁ、主、我も何か武器があった方がいいか?」
「リン、お前の攻撃手段は?」
「牙、爪、タックル、キック、尻尾……見事に肉弾特化だな我。」
「武器として使うなら護拳とかか」
「手加減用になりそうだな。」
「ユウ、お前も防具を新調した方がいいな。」
「む?そうか?」
「あぁ。おまけしといてやるから新調しな。」
「あぁ。分かった。」
「あぁ!」
「どうした?アリス。」
「お……おじ……おじさん……。こ……この魔鉱石……。ど、どこで……。」
アリス紫色に輝く鉱石を指さしながら震える。その表情は驚きと期待に満ち溢れていた。
「魔鉱石か?そりゃ前に来た客がお代の代わりに置いてったもんだが……?」
「嘘!信じらんない!ねぇ!これいくら!?」
「んー魔鉱石は最近需要がねぇからなぁ。魔鉱を使った鍛冶屋も少なくなっちまったし金貨2枚でどうよ。」
「え!?良いの!?やった!!」
金貨2枚……と言うと銀貨換算で約2000枚……だいぶ大金である。因みに銀貨は前の世界の1000円くらいで100枚で大銀貨になる。大銀貨10枚で金貨になり、銅貨はに100円くらいの価値で10枚で大銅貨。大銅貨10枚で銀貨になる。
今は何故か俺宛に木っ端役人から届けられた金があるから少し金銭感覚がおかしいがアリスも大概のようである。
一通りの発注を終え、納期を確認するとおっちゃんは明後日までに用意してくれるらしい。頼もしい限りだ。
「なんかあればまた来な。」
「おう。」
意気揚々と通りに出ると不審な男が近づいてきた。そして胸元から唐突に取り出した何かをこちらに向け、立て続けに8発発砲。距離にして15メートル。どこに向けて撃ったのかはわからないが大胆なものである
誰の差し金か……問詰めれば……いいか。
こちらが殺意を込めた眼差しを向けると男は開きかけた口を閉じた。
即座に音界で敵の位置と数を把握しようとするも視界マップは俺達4人と男1人しか表示しない。
先程の攻撃で既に相手に先手を打たれた?まずい。このまま相手の能力も知らぬまま戦闘をしたくない。一旦離脱……いや、でもこの状況では……。
「くくく。やはりその笛が力の根源だったか。封じて正解だった。」
『何もんだ……てめぇ。』
声を出すが音として外に出ない。
「元は魔術師対策なんだが、こうして見ると呆気ないな。」
どうやら敵と認識し、ルウとリンが駆け出す。しかし、見えない壁のようなものにぶつかってしまう。ルウは立ち止まり弱点を探し、リンはお構いなしに尻尾を叩きつけ壁を破壊しようとする。
「無駄だ無駄。その壁はエレファンスにすら耐える。何をやっても無駄だ!」
さて、状況を整理しようか、敵の狙いは不明。今展開されている魔法の種類も不明。対魔術師用ならなにか抜け穴がありそうだが……どうやら相手は速攻で殺す気は無いようだし、弱点を探ってみるとしよう。まずは……。
『あぁ……聞こえるか主』
『……何故この状況下で喋れるんだ?リン』
『主と従者の回線を利用して今直接意識を送り込んでおるのだ。』
『そ、そうなのか……。』
この生きるチートめ……だが、こういう強さが4000年の長寿の証なのかもしれない。
『リンはそのまま物理で殴れ。俺はもう1つ試してみる。』
普段使っているカバンを開け、水筒を取り出す。そのまま壁のところまで行き、男に向けて投げ掛ける。
「ブヘッてめぇ!何しやがる!クソっ濡れちまったじゃねぇか!」
唐突に水をぶっかけられた男は激昂し拳を固めたが既のところで留まった。
「おっといけねぇいけねぇ。ポーンの勇者は反射系のスキルを持ってるんだった。」
別にそんなスキル持って居ないのだが……。反射と言うよりは相手の勢いを利用したり、こちらの勢いを増したりしているだけなのだが……。まぁ、分からないやつは自分に都合よく解釈するものだ。
「クッソが!このまま勇者様をなぶり殺しにしてやりたいが……。あの方の指示を待たなきゃいけねぇ」
ふーんあの方……ね。
『リン、魔法の無詠唱って出来たりするもんなのか?』
『はぁ?まぁ、できないことは無いが詠唱というのは世界に現象を定義する役割もあるからな。どんな魔法も難易度が跳ね上がるぞ。』
『なるほどな。』
だがしかし、現象を定義しなくても魔法のような現象が起きたのを俺は知っている。要はイメージだろう。水稲の水に魔力を流し込み、とあるイメージを混ぜ込む。すると、水筒からみるみる水が溢れ出し、台地を濡らしていく。
「へ、今更何をしたって無駄だぜ。魔法だって第1位階も詠唱出来ないんだからな!」
男が何を言おうと溢れた水は止まらず、足元が微かに濡れた。次の瞬間。まるで蛇のように水が重力に逆らって登り始め、男の身動きを封じた。
「ガボッゴボッ」
突然口を塞がれ、水が気管に入ったのか苦しそうに悶える。バキッバキンッと硬いものが割れるような音とともに音が帰ってくる。
「あー硬かった!よしお前あの形について語ったら死ね」
「流水にて敵を捕縛し、世界を隔てる壁となれ『水牢』」
「ユウ様、ご無事ですか?」
「あ?あぁ。まぁ、魔力が一気に持ってかれたが問題は無い。」
「無茶をするな。」
「というかユウ、あんた無詠唱で水牢を形にしたの?」
「魔力の9割が消費されたがな」
「馬鹿でしょ死ぬ気?」
「?」
「はぁ、後で教えてあげる。今後はそんな無茶しないでよ?」
「あ?あぁ。」
襲撃犯を捕え、弛緩した空気が流れる。この時、男はとんでもないものに喧嘩を売ったことを後悔していた。




