6日目 粛清か玉砕か
六日目の朝、天候は回復していた。
空は薄く晴れ、雲の切れ間から光が差している。海面は穏やかで、前日までの濁りも見られない。
旅館の朝食は簡素化されていた。
品数が減少している。理由の説明はないが、食材の供給に変化が生じている可能性がある。
食堂の利用者はさらに増加していた。座席の一部は相席となり、滞在者同士の距離が縮まっている。
会話の内容は、これまでより断定的だった。
「もう完全に抑えたらしい」
「向こうは、ほとんど残ってない」
「調べられるぞ、思想とか」
帝都における状況は、断片ではあるが一方向に収束していた。抵抗は存在するが、局所的であり、全体としては制圧が完了しつつある。
粛清の実施も、複数の話者から同時に確認された。対象は明示されないが、共通しているのは、旧体制に関与した者であるという点である。
相馬は食事を終えた後、帳場へ向かった。前日確認した張り紙について、追加の説明はなかった。代わりに、短期滞在者の一部がすでに退去している。
午前中、相馬は前夜確認した作業場へ向かった。温泉街の外縁、山側に位置する小規模な施設である。建物は簡素で、内部には資材と工具が並べられていた。
集まっていた人間は五名。いずれも身元の確認は行われていない。作業内容は明確に定義されていなかったが、物資の整理と運搬が中心である。食料、燃料、日用品が混在している。
指示を出している人物は一名。年齢は四十代前後と推定される。
相馬は特に経歴を申告せず、その場に残った。作業は単純であり、特別な技能を必要としない。ただし、配置と優先順位には一定の規則性があった。相馬はそれを確認し、指示を待たずに動いた。
午後、短時間の休憩が設けられた。会話は最小限である。
「どこから来た」
「北の方だ」
それ以上の追及はなかった。
作業は日没前に終了した。
報酬は現物で支払われた。乾物と簡易な保存食である。相馬はそれを受け取り、旅館へ戻った。
帰路、通りの人間の構成に変化が見られた。荷を持つ者に加え、単独で移動する者が増えている。衣類の状態から、職業の推定が困難な者も多い。
その中に、軍用の靴を履いたままの人間が数名確認された。外套や徽章は取り外されている。同行者はいない。互いに接触しない。
旅館に戻った時刻は夕刻である。
帳場の様子は変化していないが、従業員の人数が減っている。
夕食は部屋で提供された。内容は朝食と同様に簡素である。
夜間、外の様子を確認した。通りの照明は一部が消灯されている。人の往来はあるが、滞在する者は少ない。
遠方からの発光と音は継続していた。回数は前日と同程度である。
就寝前、相馬は持ち帰った物資を整理した。保存可能なものと、短期間で消費するものに分ける。保管場所は部屋内に限定されるため、量には制約がある。
長期的な滞在を前提とした場合、外部での活動は継続が必要である。そのための手段は確保された。
同時に、身元の露見を避ける必要性は維持されている。
現時点で、直接的な照会は行われていない。ただし、その状態が継続する保証はない。
以上が、六日目の状況である。




