7日目 大陸派遣軍の退却
七日目、朝の空気は静かだった。
だが、それは落ち着きではなく、整理された沈黙に近い。
旅館の帳場には、新たな張り紙が出ていた。
――長期滞在不可。順次退去。
理由の記載はない。
相馬はそれを確認し、特に異議を示さなかった。既に想定内である。荷物は最小限にまとめていた。持ち出せるものだけを選別し、不要な物は部屋に残す。記録も処分した。痕跡は少ない方がいい。
午前、相馬は旅館を出た。
通りの人間の動きはこれまでと異なっていた。流れているのではなく、区切られている。数百メートル先で、人の流れが止まっていた。
検問である。簡易な障害物と、武装した数名の男たち。服装は統一されていない。だが腕章だけは共通していた。通過には確認が必要となる。
相馬は列の後方に並んだ。前方では短いやり取りが続いている。
「どこへ行く」
「仕事です」
「どこで」
「山の方で」
通される者と、脇へ寄せられる者がいる。基準は明示されない。ただ、迷いのある受け答えは排除されている。
相馬の番が来た。
「どこへ行く」
「資材運搬の手伝いです。山側の作業場で」
「所属は」
「決まっていません。日雇いです」
短く、間を置かずに答える。視線は逸らさないが、挑まない。
男は数秒、相馬を見た。靴、手、荷物。軍歴を測るような視線だった。
相馬は動かない。
やがて男は顎で先を示した。
「行け」
通過した。背後で、声が荒くなる。振り返らない。歩幅も変えない。
検問を抜けた先で、空気が変わった。統制の外に近い。だが完全な無秩序ではない。
午後、相馬は作業場へ向かった。昨日と同じ場所。だが人員が増えている。見知らぬ顔が半数以上。その中に、一人だけ動きの異なる男がいた。重心の置き方が違う。視線が周囲を測っている。
軍人。隠しているが、消えていない。
作業は始まった。物資の運搬と分類。単純な反復。だが、その男は長く持たなかった。休憩の最中、別の人間と口論になった。内容は些細なものだった。順番、配分、優先順位。だが引き方を知らない。声が大きくなる。周囲が距離を取る。
その時、外から足音がした。
複数。
入口に、検問と同じ腕章の男たちが現れた。
視線は一瞬で収束する。誰かが通報したのか、偶然か。判断は不要だった。問題は一つに絞られている。
軍人の男は黙った。
だが遅い。
腕章の男が一歩前に出る。
「名前は」
答えない。
沈黙。
それが答えになる。
数秒後、腕を取られた。抵抗は一瞬。押さえ込まれる。声は上がらない。周囲も動かない。連れて行かれる。それだけで終わった。
再開の指示が出るまで、誰も動かなかった。やがて、最初の男が口を開く。
「続けるぞ」
作業は再開された。何事もなかったように。
夕方、相馬は責任者に声をかけられた。
「泊まる場所、決まってるか」
「いえ」
「なら、奥に空きがある。使え」
簡素な言い方だった。条件の提示もない。だが意味は明確だった。ここに入るか、外に出るか。相馬は短く答えた。
「使います」
その場で決まった。
夜、割り当てられた部屋は狭かった。だが施錠できる。物資の保管も可能。最低限の拠点としては十分である。
外では、遠くの発光が続いている。だがここまでは来ない。少なくとも、今は。
相馬は横になり、天井を見た。選択は完了している。この場所で、生き延びる。その前提で、すべてを組み直す必要がある。
七日目が終わる。




