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1日目 動乱の鏑矢

 横須賀の補給基地では、帳簿の整合性が取れていなかった。


 海軍用として確保されていた燃料の一部が、記録上存在しない形で減少している。誤差として処理するには量が大きく、かといって正式な移管記録も確認できなかった。


 相馬恒一は、その事実を二度確認した。

 一度目は単なる計算の誤りとして処理した。

 二度目は、別の帳簿と照合した。

 結果は同じだった。

 不足分は、陸軍側の輸送記録とほぼ一致していた。ただし、そこには正式な承認印がない。形式上、存在しない移動だった。


 大陸で作戦中の陸軍に海軍から渡すにしても不自然な動きだった。帝都では労働者による反政府ストライキが発生していると聞く。

 上層部に報告しても、要らぬ疑いの目を向けられるだけだろう。右翼によるクーデターや暗殺事件により、軍の主流派である統制派は現在、非常に神経質になっている。


 この時点で、彼はそれ以上の確認を行わなかった。

 原因を追及することに意味がないと判断したためである。


 その日の夜、相馬は通常の勤務を終えた後、持ち場を離れた。私物は最小限にまとめ、記録に残る形では何も持ち出していない。


 基地外へ出る際の手続きも、通常通りの外出として処理された。

 警備兵は特に質問をしなかった。


 港までは徒歩で移動した。夜間のため人通りは少なく、照明も最低限に抑えられている。遠方で艦船のエンジン音が断続的に響いていた。

 係留されていた民間の小型モーターボートのうち、一隻を選んだ。所有者は不在だった。係留索を解き、エンジンを始動するまでに時間はかからなかった。

 出航時刻は記録されていない。


 湾内を出るまでは灯火を使用せず、最低出力で進行した。外洋に出た段階で速度を上げる。夜間の海上は視界が悪く、航路の確認は地図と方位に依存した。

 途中、哨戒艇との接触はなかった。


 伊豆半島東岸に到達したのは夜明け前である。小規模な港に接岸し、ボートはそのまま放置された。


 相馬は上陸後、最初に見つけた温泉街へ向かった。

 旅館は営業していた。宿泊客は数名確認できたが、いずれも短期滞在の旅行者と見られる。受付では身分証の提示を求められたが、簡易的な確認に留まり、詳細な照会は行われなかった。

 記帳した名前は本名ではない。


 部屋は二階の角だった。窓から海が見える位置にある。

 荷物を置いた後、相馬は特にすることがなかったため、温泉を利用した。

 浴場には他に客はいなかった。外では波の音だけが聞こえる。遠方で、低い振動音のようなものが断続的に続いていたが、ここからでは発生源の特定はできなかった。


 湯から上がった後、彼は部屋に戻り、備え付けの新聞に目を通した。

 日付は三日前のものだった。

 記事の一面には、首都圏における騒擾の拡大について記載されている。具体的な状況は不明確で、情報は断片的だった。

 相馬は紙面を折り畳み、机の上に置いた。

 その後、特に行動はしていない。


 午前中、彼は一度だけ外出した。温泉街の様子を確認するためである。商店は開いており、土産物を扱う店も通常通り営業していた。観光客と思われる人間も一定数存在している。

 会話の中で、帝都に関する話題はほとんど出なかった。

 午後には部屋に戻り、以後は外出していない。


 その日の夜、遠方で発生したと見られる発光が、数回にわたり確認された。

 音は遅れて届いた。

 間隔から判断して、砲撃である可能性が高い。

 距離は不明。

 相馬は特に記録を残していない。

 以上が、伊豆到着初日の状況である。

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