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前文 日露戦争敗戦から革命の勃発と興亡まで

 二十世紀初頭、日本はロシア帝国との戦争に敗北した。


 モスクワ講和条約により、朝鮮半島および満州における権益の大半を喪失し、国家は対外的威信と内部統制の双方に深刻な損傷を負った。


 その後の数年間、日本は軍備の再編と産業基盤の再構築を進めたが、敗戦の記憶は消えなかった。政財界においては責任の所在を巡る対立が続き、軍部内部でも派閥抗争が激化した。


 第一次世界大戦の勃発は、こうした不安定な均衡を崩壊させた。各国は総力戦体制に移行したが、長期化した戦争はすべての国家に深刻な消耗を強いた。最終的に主要国は経済破綻や革命により崩壊し、戦勝国と呼べる存在はなく、事実上の相互疲弊の上に無併合・無賠償を原則とした白紙講和として成立した。


 ロシア帝国はこの混乱の中で崩壊した列強の一つだ。


 中央権力の消失により極東地域は空白地帯となり、日本はこれを機会として南満州への再進出を実行する。抵抗は散発的であり、作戦は短期間で完了した。


 しかし、この成功は国内の問題を解決するものではなかった。むしろ戦費の増大と物資不足は民衆の生活を圧迫し、都市部を中心に不満が拡大していった。


 政府および軍上層部は、この不満を外部へ転化するため、中国国民政府への軍事行動を決定した。作戦は迅速な勝利を想定していたが、実際には広範な遅滞戦により戦線は固定化し、人的・物的損耗は増大し続けた。


 国内では労働争議と暴動が頻発し、やがて社会主義勢力がこれを組織的な運動へと転化させる。地方都市における武装蜂起は連鎖的に拡大し、一部の帝国軍部隊がこれに同調、あるいは離反した。

 統治機構は急速に機能を失い、首都圏においても戦闘が発生するに至る。


 その過程で国家元首は捕縛され、公開の場で処刑された。


 以後、日本列島の大部分は新たに成立した革命政権の支配下に置かれた。旧体制の関係者およびそれに連なると見なされた者に対する粛清が各地で実施され、秩序は名目上回復されたが、実態としては断続的な内戦状態が継続していた。


 一方、中国大陸に展開していた日本軍主力は、国民政府と講和し、急遽北九州方面への帰還を開始する。

 以降、同軍は本土を守備していた旧帝国軍の残存勢力と合流し、列島奪還を目的とした軍事行動を開始した。


 戦闘は広島および大阪において特に激化し、市街地は長期間にわたり戦場となった。双方の損耗は大きかったが、装備と練度において優位にあった帰還部隊は、次第に支配地域を拡大していった。


 旧軍が東海道から関東に迫った時、箱根山一帯には革命側による防衛線が構築されていた。関東圏への進出を阻止するための最後の防壁であったが、補給の不足と指揮系統の混乱により、その持続は当初から疑問視されていた。


 以上が、本記録において扱う期間の前提である。

 記述対象は、この情勢下において伊豆半島へ逃亡した二名の元軍関係者と、その周辺で発生した事象に限定する。

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