11日目 戦艦陸奥、爆沈
十一日目、朝の空気は乾いていた。
夜の音は少なかったが、その分だけ朝の静けさが重い。
作業場に入る前から、様子が違っていた。通りの入口に、新しいテントが設置されている。人数が増えただけではない。人員が違う。武装も、態度も。憲兵に加えて、別の部隊がいる。ゲリラ掃討部隊。動きに無駄がない。視線が広い。個人ではなく、“範囲”を見ている。
通過時の確認はさらに厳しくなっていた。
「昨夜はどこにいた」
質問が変わっている。相馬は答える。
「作業場です。戻って、そこにいました」
間を置かない。事実と一致する範囲で統一する。
視線が外れた。通された。だが、後ろで声が上がる。振り返らない。意味がない。
午前、作業場では人が減っていた。数名が来ていない。理由は共有されない。だが、誰も聞かない。知る必要がない。
午後、町の一角に人だかりができていた。役人が来ている。ここらでは見慣れない背広姿。言葉は方言や訛りがなかった。
「地主の土地は没収されて小作人に与えられます」
「財閥も解体されて、労働者の給料が増えます」
「全ての会社には労働組合が組織されて、労働基準法を守らない企業の上層部は罰せられます」
「我が国は侵略戦争を放棄します。中国大陸での戦争を終わらせて、軍事費を減らせば税金も減ります」
内容は明確だった。理解しやすい。そして、否定しづらい。聞いている人間の反応は、静かだった。賛同でも、拒否でもない。ただ、受け入れている。少なくとも、その場では。
作業場に戻ると、その話は出た。
「悪くないな」
「どうせ変わるならな」
言葉は軽い。だが、否定はない。現実との折り合いが始まっている。
夕方、空は澄んでいた。遠くの煙は減っている。だが、完全には消えない。戦闘は続いている。場所を変えながら。
夜、相馬は外へ出た。時間を選ぶ。巡回の間。人の流れが切れる瞬間。歩く速度を変えない。急がない。止まらない。
旅館の裏口から入る。帳場は通らない。女はすぐに来た。物音を立てない。慣れている。
「最近、多いみたい」
前置きもなく言う。
「逃げてきた人」
それだけで通じる。軍人。あるいは、それに近い人間。
「ここにも来てる」
相馬は何も言わない。必要がない。情報は受け取るだけでいい。女は続ける。
「でも、長くはいない」
「いなくなるから」
消えるのか、消されるのか。どちらでも同じだった。
その夜は、いつもより長かった。言葉は少ない。だが、沈黙に意味がある。外の世界とは別の、短い均衡。朝には消える。それを前提にした関係。
深夜、相馬は寝ぼけながら音を聞いた。遠くで、低い音。数は少ない。だが、重い。砲ではない。別の何か。判断はできない。ただ、確実に何かが動いている。再び目を閉じる。変化は加速している。自分の位置もそれに合わせて変えるだけだ。目立たず、騒がず、関わらない。それが、最も確実な選択である。
十一日目が終わる。




