10日目 国家体制の安定的維持及び公共の安全の確保のための不穏思想の拡散の防止並びに関与行為の規制に関する法律
十日目、夜明け前に目が覚めた。理由は明確だった。前夜の砲撃。音は短く、数も限られていたが、距離は近い。
箱根方面。恐らく、単なる威嚇や訓練ではない。実戦である。
作業場の空気は、朝から変わっていた。人はいる。だが、誰も余計なことを言わない。情報は共有されている。
――輸送隊がやられた
――死人が出た
それ以上の詳細はない。だが、それで十分だった。
午前、町へ出ると、変化は明確だった。検問が増えている。間隔も狭い。そして、人間が違う。
腕章だけではない。軍服の統一感。動きに迷いがない。憲兵隊である。赤い腕章は革命政府の所属を表しているのであろうか。
今まで社会主義者を取り締まっていた憲兵隊が、今度は軍国主義者を取り締まるとはご苦労なことだ。
通行は止められる。確認が長い。質問が増えている。
「どこから来た」
「今、どこにいる」
「昨日は何をしていた」
連続する。間を与えない。
相馬は答える。短く、同じ調子で。内容は変えない。
視線が止まる。長い。測っている。
やがて、通された。理由は分からない。だが、通過は通過だった。
その先で、別の光景があった。民兵と憲兵が、言い合っている。声は抑えている。だが、互いに引かない。銃を持っているのは、両方だ。
命令系統の差。現場の判断の差。その隙間が、摩擦になる。誰も近づかない。関係しない。それが暗黙の了解だった。
午後、作業場では配置が変わっていた。搬出よりも、保管が優先されている。輸送が危険になったためである。同時に、人の出入りも制限され始めた。
「しばらくは、ここから動くな」
指示は短い。理由の説明はない。必要もない。外は危険で、中は管理される。
新聞の言うには、反乱軍は九州や中国地方で抵抗を続けているらしい。結構な事だ。少なくともこの伊豆では昨日の様なゲリラさえ無ければ至極平和である。
夕方、空は晴れていた。だが、遠くに煙が見える。細い線が、途切れずに上がっている。
戦闘は終わっていない。場所や様相を変えただけだ。
夜、相馬は動かなかった。外出は控える。必要がない限り、動かない。それが最適解になりつつある。
だが、完全に切ることもできない。旅館との繋がり。情報源。選択肢の一つとして、維持する必要がある。
時間をずらす。人の動きが減る時間。だが、憲兵が増える時間でもある。
窓から外を見る。通りに、影が動く。一定の間隔で。巡回。規則性がある。だが、完全ではない。抜けがある。
相馬はそれを確認する。出るか、出ないか。数秒の判断。
その夜、相馬は動かなかった。
理由は単純だった。必要性が、危険を上回らない。それだけで十分である。
横になり、目を閉じる。遠くで、また低い音がした。数は少ない。断続的。
前線は、ここには存在しない。でも戦火は確かにある。曖昧であることが、最も不安定だった。
十日目が終わる。




