9日目 反乱軍
九日目、朝は雨だった。
音は小さいが、止まない。
作業場の屋根を叩く水音が、会話を遮る。その分、言葉は減っていた。
代わりに、紙が増えた。入口の壁に、新しい新聞が貼られている。見出しは大きい。
――反乱軍、祖国へ侵攻の兆し
――自由と平和を守れ
記事の内容は断定的だった。大陸の部隊は国家に反旗を翻し、本土への侵入を企図している。それに対抗するため、全国的な防衛体制の構築が急務とされていた。
同時に、別の欄には次の言葉が並ぶ。
――農地解放
――財閥解体
――戦争放棄
読む者の視線は、どちらにも留まらない。ただ流れる。信じるには早く、疑うには情報が足りない。
午前、作業の内容が変わった。通常の整理ではなく、徴発対象の選別である。箱根方面へ送る物資。優先順位が一段上がっている。
人手も求められていた。
「箱根に行けるやつはいるか」
声が上がる。数人が視線を逸らす。相馬も動かない。必要以上に関わらない。それが前提になっている。
志願は数名にとどまった。その中に、昨日見た顔はない。消えた人間は、話題にもならない。
午後、町へ出た。雨は弱まっている。通りには、見慣れない人間が増えていた。腕章の数も、昨日より多い。だが統制は甘い。命令はあるが、運用は現場任せ。その差が、空気を歪ませていた。
路地の奥で、短い揉め事が起きていた。声は抑えられている。だが、囲むように人がいる。
理由は分からない。関係もない。相馬は近づかない。
通り過ぎる。
関わらないことが、最も安全である。
夕方、相馬は旅館へ向かった。雨のせいか、客は少ない。帳場の女は、いつも通りそこにいた。
「今日は静かですね」
「外は、そうでもない」
短い応答。それで十分だった。部屋はすぐに用意された。
夜、女は遅れて部屋に来た。濡れた髪をそのままにしている。手拭いで軽く押さえるだけ。
「箱根、動いてるって」
前置きもなく言う。情報はいつも断片だ。
「壁、作ってるみたい」
「人も集めてる」
事実だけを並べる。感想はない。だが、その後に続いた言葉は違った。
「行かない方がいい」
相馬は頷いた。既に決めている。関わらない。少なくとも、今は。
女はそれ以上言わない。代わりに、距離を詰める。言葉ではなく、行動で関係を維持する。必要な範囲で。過不足なく。
その夜、外の音は少なかった。雨が消しているのか、動きが止まっているのか。判断はできない。
深夜、相馬は目を覚ました。遠くで、わずかな発光。間を置いて、低い音。方向は北。箱根方面。長くは続かない。試射か、ゲリラか。規模は小さい。だが、準備は進んでいる。確実に。
再び目を閉じる。選択は変わらない。行かない。見ない。関わらない。その上で、生き残る。
九日目が終わる。




