第71話:虚無の果て、始まりの記憶
バベルの最下層、何もない虚無の領域に辿り着いたカイたち。そこは世界が創られる前の「実験場」であり、カイが失ったはずの「普通の日常」が鏡の中に映し出されていた。ヤトが語る、エニグマが制御できなかった「たった一つの因子」とは?
視界が明滅する。落下する感覚は消え、俺たちが辿り着いたのは、色を失った広大な砂漠のような場所だった。空には無数のコードが雨のように降り注ぎ、大地にはかつての学園の残骸が墓標のように突き刺さっている。
「……ここが、バベルの最下層……? ……いえ、計算不能。ここには、エニグマの論理すら届いていないわ」
アオイが端末を握りしめるが、画面は真っ白なまま沈黙している。彼女の知略ですら通用しない、純粋な「虚無」がそこにはあった。
「……マスター。心拍数、急上昇。……周囲から、膨大な『ノイズ』ではない、別の反応を感じます」
エヴァが俺の腕にしがみつき、周囲を警戒する。彼女の目は、いつもの冷静さを欠き、どこか怯えているようにも見えた。
「……あら、なんだか妙な空気ですわね。……この場所、なんだか懐かしいような……」
レナが足を止め、荒涼とした大地を見つめる。強気な彼女の表情に、ふと幼い頃の記憶が重なるような切なさが浮かんだ。セイラもまた、香炉を抱きかかえ、周囲に漂う「音のない旋律」を聴き取ろうとしている。
「……ええ。……神様が世界を創る前の、まだ何の名前もついていなかった頃の記憶。……そんな風に感じるのです」
セイラの言葉に、俺は足元に落ちていた「何か」を拾い上げた。それは、俺がこの能力に目覚める前に使っていた、ただの学生手帳だった。古び、ページが剥がれ落ちた手帳。そこには、俺が「モブ」として生きていた頃の、何の変哲もない日常の記録が記されている。
「……俺たちの、本当の始まりの場所か」
その時、虚無の向こうから、一人の人影が歩いてきた。
それは、ヤトだった。だが、いつもの神出鬼没な姿ではなく、彼女はどこか清々しいまでの虚しさを纏っていた。
「やっと来た… 東雲カイ。ここが、全てが『プログラム』される前に、管理者が唯一捨てた場所…」
ヤトは俺たちの前で立ち止まり、空から降るコードの雨を見上げた。
「お前たちが選んだ『日常』も、ここで最初に行われた実験の産物。……だけど、ここには『エニグマ』がどうしても制御できなかった、たった一つの因子が眠っている」
彼女が指差した先、虚無の砂漠の真ん中に、巨大な鏡のような門が浮かび上がっていた。その門の中には、今の俺たちではない——かつて、運命を書き換える前の「普通の高校生」だった俺たちの姿が映し出されている。
「……これが、真実?」
俺たちが運命を書き換える前、平和だった頃の姿。それは実験の過程で破棄された「過去」なのか、それとも俺たちが守りたかった「未来」なのか。
ヤトの瞳が、俺たちを問いかけるように射抜く。
第71話、お読みいただきありがとうございました!
物語はついに、世界設定の根幹に関わる「始まりの場所」へ。カイが失った過去と、エニグマの実験の真実が交錯します。
次回、鏡の門の向こう側でカイが目撃するものとは?
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