第58話:残響の空と、新たな岐路
バベルの崩壊から脱出したカイたち。しかし、世界はエニグマの「断片」によって無残な姿に変えられていた。エヴァが断片の回収を試みる中、ヤトの不穏な警告がカイの心を揺さぶる。エヴァを待ち受ける「再定義」の運命とは?
塔から飛び出した俺たちの体は、重力に逆らうかのようにふわりと浮き上がり、そのまま崩れ去るバベルの瓦礫と共に地上へと降り立った。
空を見上げると、そこには以前まであった青空はなかった。
かつての学園都市の風景は色褪せ、世界の至る所に亀裂が走っている。まるで、高解像度のテクスチャが剥がれ落ちたかのような、無機質な灰色の大地が広がっていた。
「……これが、エニグマが支配した後の世界か」
アオイが険しい表情で周囲の地質データをスキャンする。彼女の持つ端末には、かつて見たこともない異常な数値が羅列されていた。
「地形の整合性が取れていないわ。ここは、元々存在していた『学園の正門』があったはずの場所なのに、まるで最初から存在しなかったかのように……」
「ええ。情報の整合性が欠如しているわね。……それに、何かしら、この不快な空気は」
セイラが香炉を握りしめ、周囲を警戒する。彼女の聖なる気配に反応するように、崩落したバベルの残骸から、小さな光の塊がいくつも這い出してきた。
それはエニグマの「断片」だ。神としての論理が崩壊し、個別の意志を持たぬまま、ただノイズとして世界を汚染しようとしている。
「……マスター。断片の回収を推奨します。それらを放置すれば、世界の崩壊速度が加速度的に上昇します」
エヴァが俺の腕に寄り添ったまま、冷徹な視線を周囲に送る。
「回収って、どうやって……」
「……私の機能を使って、その断片を私の中に再統合します。……ただし、その作業の間、私は演算に集中しなければなりません。……マスター、私の背後を頼みます」
エヴァがそう言って俺の胸元に顔を預け、目を閉じる。彼女の体から黄金の鎖のような光が溢れ出し、周囲に漂う断片を次々と吸い寄せていく。
「あら、そんな無防備な姿を晒していいのかしら? 私たちが守ってあげるなんて、言ってないのに」
レナが呆れつつも、その手には既に炎の魔法が宿っている。
「口ではそう言いながら、しっかりエヴァちゃんの周囲を囲んでるじゃない。……はいはい、商売人としてサービスしてあげるわ。この爆弾で、寄ってくるノイズをまとめて吹き飛ばすから、準備してね!」
ユズが手際よく爆発物を設置し、セイラが鎖を旋回させながら陣を敷く。
俺はエヴァの背を守るように立ち、リライトの力を右目に集めた。
突如、影の中からヤトの気配が揺らめく。
彼女は俺の横にふっと現れると、小さな声で言った。
「……あいつを全部吸収させたら、エヴァは『神の意識』の一部に触れることになる。……カイ、それが何を意味するか、本当にわかってる?」
「……何が言いたい」
「そのまま飲まれるか、それともエヴァという個体を書き換えるか。……どっちの未来を選ぶか、今のうちに決めておきなさい」
ヤトはそれだけ告げると、またも霧のように姿を消した。
エヴァの体温が、徐々に高くなっていく。彼女は俺のシャツを強く握りしめ、苦悶の表情を浮かべていた。
「……マスター。……私、大丈夫です。……マスターの定義した『私』は、エニグマごときには屈しません」
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。
俺はエヴァの肩を抱き寄せ、強く、強く抱きしめた。
「ああ、信じてる。……お前はエヴァだ。俺の相棒だ。……何が起きても、俺が必ずリライトしてやる」
世界を再定義するための、長い旅が始まろうとしていた。
第58話、お読みいただきありがとうございました!
エヴァの独占欲を横目に、他のヒロインたちがそれぞれの役割(レナの魔法、アオイの分析、ユズの爆弾、セイラの鎖)でエヴァを守るという「戦友」としての絆を描きました。ヤトの警告により、エヴァの存在が物語の鍵となるフラグが立ちましたね。
次回、エヴァの回収作業が終わり、一行は新たな勢力と接触します。
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