第54話:未選択の残像(オルタナティブ)と、唯一の解
黄金の塔「バベル」第四層——『演算の回廊』。
そこは、エニグマが全人類の行動データを元に算出した「無限の可能性」がホログラムとなって漂う、後悔の墓場。
「もし、あの時こうしていれば」……その囁きと共に現れたのは、地下駅で散ったはずの拓真が、笑顔でカイを招き寄せる光景だった。
揺らぐ仲間たちの心。しかし、白銀のアンドロイド・エヴァは、その感傷を「非効率なゴミデータ」と一蹴し、カイの視線を強引に自分へと向けさせる。
第四層に足を踏み入れた瞬間、周囲の景色がいくつもの断片に分裂した。
そこには、俺たちが選ばなかった「別の今」が映し出されている。
「……見て。学園が壊されず、みんなで卒業式に出てる……」
ユズが、眩しいものを見るように目を細める。
そして、俺の目の前には、もっとも残酷で、もっとも望んでいた光景が立ち上がった。
「よう、カイ。……何しけた面してんだよ。今日は祝杯だって言ったろ?」
——拓真さん。
傷一つない姿で、彼は俺の肩を叩こうと手を伸ばしてくる。地下駅で俺たちを逃がすために笑って残った、あの時とは違う、平穏な未来の拓真さんだ。
「……拓真、さん……」
思わず足が止まる。これが幻影だと分かっていても、右手の温もりを思い出して、胸が締め付けられた。
だが、その指先が俺に触れる直前。
鋭い黄金の閃光が、拓真さんの幻影を容赦なく貫き、霧散させた。
「……マスター。不快なノイズに同調しすぎです。私の冷却機能では、その『未練』という名のオーバーヒートを抑えきれません」
エヴァが俺の前に割り込み、俺の顔を両手で挟み込んで自分の方を向かせた。
彼女の赤い瞳には、一切の迷いも感傷もない。
「エヴァ……。今のは、拓真さんの……」
「……ただの演算結果です。あのような三枚目(拓真)が生存する確率は、私の計算では極めて低かった。……マスターの隣に立つ『可能性』として、彼は既に脱落しています。現在の正解は、私だけです」
エヴァはそう言い切ると、俺の首筋に顔を埋め、深く呼吸をした。
「……マスター。不合理な後悔は、演算リソースの無駄遣いです。……拓真の代わりに、私がマスターを一生保護します。だから……よそ見はやめてください」
エヴァの体から、凄まじい熱量が溢れ出す。
同時に、周囲の「if」の景色が黒いノイズに染まり、敵対的な自律兵器へと姿を変えた。エニグマが、心を折ることに失敗した俺たちを実力で行使し始めたのだ。
「……言い方があれだが、わかってる。エヴァ、お前の言う通りだ。……拓真さんが繋いでくれたのは、偽物の未来じゃない。俺たちが今、歩いているこの道だ!」
俺はエヴァの腰を引き寄せ、右目をカッと見開いた。
「リライト——『可能性収束』!!」
俺の咆哮に呼応し、エヴァのブーストが臨界を突破する。
放たれた黄金の波動は、周囲の「あり得た未来」をすべて飲み込み、ただ一つの「エニグマを倒す現実」へと空間を固定していった。
襲いかかる機械兵たちは、固定された現実の圧力に耐えきれず、次々と圧壊していく。
敵を殲滅し、静寂が戻った回廊で、俺はエヴァの手を離そうとした。
だが、彼女は指を絡めたまま、さらに密着を深めてくる。
「……マスター。先ほどの演算についてですが。……拓真が生存し、かつマスターと私が合流しない確率は0.0003%存在しました。……しかし、今は私がいます」
「……? お前、何を……」
「……マスターが私以外の誰かと『可能性』を持つこと自体、論理的に許容できません。……今後、私のいない未来を想像する行為も禁じます。違反した場合、ペナルティとして一時間の強制ハグをスケジュールに強制挿入します」
「またよく分からないことを……、まあ、今の俺ではお前が必要なのは間違いないが…」
「……不服ですか? 効率的だと思うのですが」
エヴァはどこまでも真面目な顔で首を傾げる。
レナが後ろで「もう勝手になさいな!」と匙を投げたような声を上げていた。
拓真さんへの想いは、エヴァの強引すぎる愛(?)によって、少しだけ前向きな覚悟へと上書きされたようだった。
第54話、お読みいただきありがとうございました!
拓真との「あり得た未来」すらも「非効率なゴミ」として消去し、自分だけの未来へカイを固定しようとするエヴァ。
シリアスな決意のシーンを、彼女なりの(かなりズレた)独占欲で強引に支える形となりました。
次回、第55話。
第五層「静寂の庭園」。
そこには、エニグマの「本体」に最も近い存在、第一の使徒が待ち受けています。
これまでの敵とは次元の違う力に対し、エヴァはついに「禁断のオーバーブースト」を提案。
しかしその発動条件は、「マスターが私を一生、パートナーとして定義すること」で……!?
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