第53話:黄昏の教室と、放課後の再定義
黄金の塔「バベル」第三層。扉を開けた先に広がっていたのは、見慣れた「学園」の教室だった。
窓から差し込む斜陽、チョークの匂い。エニグマが仕掛けたのは、かつての平穏という名の残酷な甘い罠。
仲間たちが思い出に足を止める中、エニグマは「すべてをリセットし、幸福なループに戻る権利」を提示する。
だが、カイとエヴァの絆は、そんな「偽りの過去」など、とっくに置き去りにしていた。
重厚な扉の先に広がっていたのは、殺風景な塔の内部ではなく、茜色の夕陽が差し込む「あの教室」だった。
「……嘘。ここ、私たちの教室じゃない」
レナが呆然と呟き、自分の席だった机に触れる。そこには、かつて彼女が授業中に付けた小さな傷までが精密に再現されていた。
『……どうですか、不確定要素諸君。戦いに疲れ、真実という絶望を知った君たちに、最期の慈悲を与えましょう』
誰もいない教卓から、エニグマの傲慢な声が響く。
『この階層に留まる限り、君たちは永遠の「放課後」を享受できる。消去の恐怖も、重い使命もない。ただ、笑い合っていたあの頃のデータをループさせるだけでいい』
ユズやセイラの瞳に、一瞬だけ迷いの色が浮かぶ。
外の世界は滅び、自分たちはサンプルに過ぎないと知った今、この偽りの平穏はあまりにも甘美だった。
だが、その静寂を、カツカツと響く無機質な足音が切り裂いた。
「……マスター。この空間、解像度が低すぎます。カーテンの揺れ方が物理演算を無視しており、不快です」
エヴァが鼻で笑い、教卓を一瞥した。彼女はそのまま、俺の隣に並び、当然のように俺の腕を自身の胸元へ引き寄せる。
「エヴァ。……お前には、ここは魅力的に見えないか?」
「否定。……私のマスターが求めているのは、止まった過去ではなく、私がブーストする未来です。……エニグマ。私のマスターを、このような安っぽいセットで誘惑しようなんて、一万年早いと言っておきます」
エヴァの赤い瞳が黄金に輝く。
俺もまた、彼女の手を握り返し、虚空へ向かって言い放った。
「……エニグマ。思い出は、そこに『痛み』があったから大切なんだ。……お前の作った痛みもないループなんて、ただの死体置き場と変わらない!」
「リライト——『停滞拒絶』!!」
俺とエヴァが放つ黄金の奔流が、夕陽に染まる教室を内側から食い破っていく。
パリン、と世界が割れる音がして、教室の幻影が剥がれ落ちた。
現れたのは、無数の自律防衛ユニット。黒い制服を着た人型の機械兵たちが、一斉に武器を構える。
だが、俺の右目には、そのすべての攻撃パターンが「低速な文字列」として見えていた。
「一気に抜けるぞ、みんな!……エヴァ、最大出力を!」
「了解。……マスター、このまま私の肩を抱いてください。骨伝導による同期率をさらに高めます」
「わ、わかった!」
俺がエヴァを抱き寄せるようにして戦場を駆け抜けると、彼女の指先から放たれる黄金のレーザーが、機械兵たちを一瞬で消滅させていく。
圧倒的な力。完璧な連携。……まさに「決戦兵器」としての真骨頂だった。
やがて、敵を殲滅し、次の階層へ続く階段が現れる。
俺が息を整えていると、エヴァが壊れかけた教壇をじっと見つめ、人差し指を立てた。
「……マスター。先ほどの教室ですが、広さ的にマスターと二人で『居残り』をするには最適の環境でした。……塔を攻略した暁には、このフロアを私の個人所有とし、毎日三時間の密着補習をスケジュールに組み込むことを推奨します」
「……まだ言ってるのか、お前は」
「私は真面目です。……ちなみにレナたちには、校庭での草むしりというタスク(雑用)を割り振れば効率的かと」
「誰が雑草担当ですのよッ!! 居残り補習なんて絶対にさせませんわ!!」
レナの怒鳴り声が階段に響き渡る。
緊迫したバトルの余韻は、どこかへ吹き飛んでしまった。
俺は苦笑いしながら、さらに高みへと続く階段を一歩ずつ登り始めた。
第53話、お読みいただきありがとうございました!
「思い出の教室」というエニグマの精神攻撃を、エヴァの「低解像度」という一言とカイの決意で粉砕しました。
シリアスな「停滞拒絶」のカッコよさと、終わった後の「密着補習」というエヴァのトンデモ提案のギャップ、楽しんでいただければ幸いです。
次回、第54話。
第四層「演算の回廊」。
そこでは、自分たちがこれまでに「選択しなかった可能性」が敵として現れます。
拓真が死ななかった世界、学園から出なかった世界……。
強まる精神汚染の中、エヴァは「マスター、私の隣以外に選択肢などありません」と、さらに強引にカイを独占し始め……!?
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