第52話:鏡像の回廊(ミラー・コリドール)と、予備の選択
黄金の塔「バベル」第二層——『鏡像の回廊』。
そこは、エニグマが個人の深層心理から抽出した「負のデータ」を実体化させる、精神汚染の階層だった。
かつての自分の弱さや、仲間たちへの不信感が「偽物」となって襲いかかる中、カイはエヴァとの同期を深めていく。
しかし、戦闘が終わるやいなや、エヴァの関心は「効率的な愛の形」という、斜め上の方向へと向かうのだった。
鏡のように磨き抜かれた回廊。壁一面に映り込む自分たちの姿は、一歩進むごとに微妙に歪み、不気味な笑みを浮かべ始める。
「……マスター。精神防壁を最大展開。……ここから先は、私の『体温』に集中してください。外のノイズに耳を貸してはいけません」
エヴァは俺の手を強く握り、空いている方の手で俺の耳を優しく塞いだ。
しなやかな指先から伝わる安定した鼓動が、不気味な回廊の重圧を和らげてくれる。
「ああ。……来るぞ、みんな! 自分自身の影に飲み込まれるな!」
直後、鏡の中から「俺たち」が這い出してきた。
だが、それは単なるコピーではない。エニグマによって最適化された、冷酷な殺戮者としての偽物。
「……フン、中途半端な感情に流される私なんて不要なのよ」
偽レナが放つ青い炎が、通路を灼き尽くす勢いで迫る。
本物のレナが唇を噛み、己の影に立ち向かう。……その背中には、言葉にできない焦燥があった。
「マスター。……『鏡の理』を破壊します。……準備を」
エヴァの声が凛と響く。
彼女は俺の懐に潜り込むように密着し、その赤い瞳を黄金に輝かせた。
「リライト——『屈折崩壊』!!」
俺の右目から放たれた光が、エヴァの演算によって幾千もの針へと収束される。
それは偽物たちが作り出す「迷いの空間」を物理的に貫き、鏡の壁を粉々に粉砕した。
閃光が収まった時、そこには粉々になった鏡の破片と、膝をつく偽物たちの残骸だけが残っていた。
カイは一歩前に出ると、消えゆく「偽カイ」の喉元に手をかざし、静かに告げた。
「……俺の弱さを利用したつもりだろうが、残念だったな。……俺は、一人じゃ届かない場所でもその景色を見せてくれる、最強の相棒がいるんだ」
一分の隙もない、完璧なリライト。
エニグマの嘲笑を黙らせるほどの、圧倒的な「個」の強さ。……戦闘は、カイの完全勝利で幕を閉じた。
だが。
静寂が戻った瞬間、エヴァが消えゆく「偽カイ」の残骸をじっと見つめ、人差し指を顎に当てた。
「……マスター。提案です。……あの偽物のデータを40%ほど回収すれば、私の個人用フォルダに『予備のマスター』として保存可能です。……そうすれば、マスターが戦闘中で忙しい時も、私は予備のマスターと並行して密着(同期)ができます」
「……は?」
せっかくの完勝ムードも、一瞬で凍りついた。
「な、何を言ってますのよ! 偽物でもカイはカイですわ! それを私物化しようなんて、どこまで業が深いですの、このアンドロイド!!」
レナが食ってかかるが、エヴァは至って真面目な顔で首を傾げる。
「不合理な嫉妬です。……予備があれば、私のメンテナンス効率は二倍になります。……マスター。今すぐ、回収の実行許可を。……ついでに、予備のマスターには語尾に『エヴァが一番だよ』と付け加える改変も推奨します」
「……却下だ。……絶対に、却下」
俺は頭を抱えながら、足早に次の階層への扉を開けた。
背後で「……チッ、非効率な」というエヴァの小さな舌打ちと、レナの怒鳴り声が響く。
どうやら、この塔の最上階に辿り着く前に、俺の精神が別の意味で限界を迎えそうだった。
第52話、お読みいただきありがとうございました!
バトルの瞬間はエヴァのサポートによる「隙のないカッコよさ」を描きつつ、終わった瞬間に「予備のマスター(語尾改変付き)」を作ろうとするエヴァの暴走。
シリアスとコメディの温度差が、過酷なバベル攻略の中での良い清涼剤(?)になれば幸いです。
次回、第53話。
塔の第三層。そこには、かつての「学園」の教室が再現されていました。
懐かしい光景に惑わされる仲間たち。
しかし、そこにはエニグマが仕掛けた、最後にして最大の「選択」が待ち受けています。
エヴァは「この教室、マスターと二人きりになるには最適の広さですね」と、またしても場所の私物化を企み……!?
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