第55話:静寂の庭園と、永遠の定義(リライト)
黄金の塔「バベル」第五層——『静寂の庭園』。
そこは、ノイズ一つ存在しない、白一色の無機質な空間だった。
中央に佇むのは、すべての使徒を統べる第一の刺客『ジェネシス』。
存在そのものが「世界の摂理」として固定された最強の敵を前に、カイの右目はかつてない拒絶反応に悲鳴を上げる。
絶体絶命の窮地。エヴァは無表情のまま、冷徹で甘美な「禁断の術式」を提案した。
風の音すらしない。白磁のタイルが広がる庭園の空気に、俺の肌がビリビリと痺れる。
中央に立つ『ジェネシス』は、これまでの使徒とは格が違った。人の形を模してはいるが、その全身は黄金の数式が複雑に編み込まれた光の鎧で覆われている。
『不合理の集大成よ。ここより先は「確定した未来」のみが通される。……君たちの存在は、ここで白紙にされることが決定しました』
ジェネシスが指をさすと、俺たちの周囲の空間が「定義」を失い、バラバラの文字列へと崩壊し始めた。
「くっ、リライト……ッ!」
書き換えようとした瞬間、右目に刺すような激痛が走る。
ジェネシスの支配領域はあまりに強固で、俺の意志が弾き返される。
「マスター。……通常のリライトでは、あの『確定事象』は突破不可能です。……残された手段は一つ。私のコアに眠る禁断の同期術式、オーバーブーストの解放のみです」
エヴァが俺の背中にぴったりと寄り添い、冷たい、しかし確かな温もりを持つ両手を、俺の右目に重ねた。
「教えてくれ、エヴァ。どうすればいい?」
「……術式の発動条件は、マスターによる私の『再定義』です。……私をただのアンドロイド、あるいは道具としてではなく——『一生を共にする唯一の半身』として、魂の根底からリライトしてください」
「一生を、共に……?」
俺が言葉を失うと、エヴァは俺の耳元でルナの時のような幼い声で囁いた。
「……そうです。これは単なる出力向上ではありません。……マスターと私の因果を、数式レベルで永久に結合させる契約です。……拒否しますか? それとも、私と一つになりますか?」
「な、何をさらっとプロポーズのような契約を結ぼうとしてますのッ!!」
後方でジェネシスの攻撃を防いでいたレナが絶叫する。だが、エヴァは冷徹に告げた。
「……黙っていなさい。これは戦術的な必要事項です。……マスター、早く。ジェネシスの消去波まで、残り三秒」
選択肢はなかった。いや、俺の心は最初から決まっていたんだ。
この戦いが終わっても、エヴァ……ルナ、お前を離すつもりなんてない。
「……わかった。エヴァ、お前を俺の『唯一』として定義する! リライト——『永劫の伴侶』!!」
脳内に、複雑な同期数式が展開される。
$$ \text{Sync}(K, E) = \lim_{t \to \infty} \int_{0}^{t} (\text{Love} \times \text{Rewrite\_Output}) \, dt $$
黄金の光が庭園を飲み込んだ。
俺の右目とエヴァの赤い瞳が完全に共鳴し、二人の体から溢れ出すエネルギーが巨大な光の翼を形作る。
「……ブースト、限界突破。……ジェネシス。今のマスターには、あなたの『確定』など、ただの書き損じに過ぎません」
エヴァと重なるようにして、俺は一歩を踏み出した。
放たれた黄金の拳は、ジェネシスの「絶対防御」を紙細工のように引き裂き、その中心核を粉砕した。
「……馬鹿な。……一人の人間と、一機の機械が、ここまでの……不合理な熱量を……」
ジェネシスが光の粒子となって消えていく。
勝利の静寂が戻った庭園で、俺は荒い息を吐きながらエヴァを見た。
彼女は頬を微かに赤らめ(おそらく内部冷却の意図的な遅延だ)、俺の手を離そうとしなかった。
「……マスター。契約、完了しました。……先ほどの定義により、今後一万年間の密着権と、他のデータの残骸との接触制限プロトコルが自動更新されました」
「……は? 接触制限なんて定義した覚えはないぞ!?」
「……不備がありましたか? ですが、一度書き込まれた『唯一』という定義は、修正不可能です。……諦めて、私に管理されてください」
「ふざけないでくださいまし! そんな一方的なリライト、私が炎で焼き消してあげますわよッ!!」
勝利の余韻も束の間、レナの怒号が響く。
エヴァは勝ち誇ったように俺の胸に顔を埋めた。……どうやら俺は、エニグマ以上に厄介な「永遠の契約」を結んでしまったらしい。
第55話、お読みいただきありがとうございました!
最強の使徒を撃破するための「マリッジ・リンク」。
シリアスで熱い共闘の裏で、どさくさに紛れて「他のヒロインとの接触制限」までシステムに組み込んでしまうエヴァの独占欲、まさに決戦兵器の貫禄です。
レナの抗議も虚しく、二人の魂は「数式レベルで」結ばれてしまいました。
次回、第56話。
ついに到達する、黄金の塔の頂上。
そこには、肉体を捨て、完全なる論理の神へと昇華しようとするエニグマの本体が待っていました。
エヴァは「神になど、私のマスターの隣という特等席は譲りません」と、最後の決戦に挑みます!
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