第23話:身代わりの光と、小さくなったノイズ
右目の限界を迎え、図書館で倒れ伏したカイ。
レナたちが入り口の防衛に当たっている隙を突き、死角から一体のバグが意識のない彼へと迫る。
絶対絶命の窮地。動けないカイを救うため、彼の胸元に潜んでいた『小さな秘密』が飛び出した。
……重い。
泥の底に沈められたように体が動かない。
薄く目を開けると、そこは埃っぽい図書館の奥、閲覧室のソファの上だった。どうやら俺が気絶した後、レナたちがここまで運んでくれたらしい。
入り口の方からは、セイラが本棚を動かしてバリケードを築く音と、レナたちが周囲を警戒する声が微かに聞こえてくる。
(……情けねえ。俺が倒れてどうするんだ)
身を起こそうと力を込めるが、指一本動かせない。
頼みの綱の右目は、まるで火傷を負ったように熱く、機能が完全に停止していた。
その時だ。
頭上の通風孔のカバーが、音もなく外れた。
そこから這い出てきたのは、カマキリのように鋭い鎌を持つ、光学迷彩を纏った『暗殺型』のバグだった。外の群れとは別に、単独で侵入してきたらしい。
(しまっ……!)
声を出してレナたちを呼ぼうにも、喉がひきつって音にならない。
バグが天井から音もなく落下し、俺の首元へと鋭利な鎌を振り上げる。
死を覚悟した、その瞬間。
「……きゅっ!!」
俺の制服のジャケットの中から、真っ白な光が飛び出した。
ルナだ。
「やめろ……ルナっ!」
俺の微かな制止を振り切り、小さなオコジョの姿をしたバグは、俺と巨大なカマキリの間に立ち塞がった。
そして、その小さな体から、目を射るような強烈なノイズの光を放つ。
機能停止していたはずの右目が、微弱にシステムログを拾い上げた。
【権限干渉を確認——対象の攻撃座標を『自身』へ上書き(デバッグ)します】
ズバァッ!!
振り下ろされた鎌が、俺ではなく、空中に浮かんだルナの体を深々と薙ぎ払った。
光の粒子が、血飛沫のように激しく弾け飛ぶ。
「ルナッ!!」
俺の絶叫と同時。攻撃の対象データを見失い、エラーを起こして硬直したカマキリの背後から、紅蓮の炎が叩き込まれた。
「『赫炎』ッ! ……カイ、無事ですの!?」
駆けつけたレナの炎がバグを焼き尽くし、セイラが残骸を香炉で完全に粉砕する。
アオイとユズも血相を変えて飛び込んできた。
「カイ! 大丈夫!? 今、すごい声が——」
俺は咄嗟に、床に落ちた『白い光』を両手で包み込み、毛布の下へと隠した。
「……あ、ああ。隠れていた敵に襲われかけたが、なんとか躱した。助かった、レナ」
「もう、無理は禁物ですわよ! わたくしたちが外を見張っていますから、しっかり休んでくださいな」
レナたちが再び入り口の警戒に戻っていく。
足音が遠ざかったのを確認し、俺は震える手で毛布をめくった。
「……ルナ」
両手の中にいる小さなバグは、生きていた。
しかし、俺は息を呑んだ。
二十センチほどあったはずのルナの体が、明らかに一回り、小さくなっていたのだ。
輪郭を構成するノイズの光も、先ほどまでの温かな輝きを失い、消え入るように明滅している。
「お前……自分の存在データ(命)を削って、俺の身代わりになったのか」
「きゅ……」
手のひらの上のルナは、力なく鳴き、安心したように俺の親指に頬をすり寄せた。
痛みを訴えるでもなく、ただ「助けられてよかった」とでも言いたげなその仕草に、俺の胸の奥で、かつてないほどの激しい感情が沸き上がった。
「馬鹿野郎……ッ」
俺は奥歯を強く噛み締め、小さくなったルナをそっと胸元に抱き寄せた。
「二度とやるな。いいか、二度とあの力は使うな。……お前まで消えちまったら、俺は……」
誰にも聞かれないよう、ひたすらに声を殺す。
完璧なリーダーでも、イレギュラーの生存者でもない。ただの無力な一人の人間として、俺は小さくなった温もりを強く、壊さないように抱きしめ続けた。
第23話、お読みいただきありがとうございました!
カイの絶体絶命の危機を救ったのは、彼が名付けた小さなエラー、ルナでした。
しかし、その力は「自らの存在を削って対象の身代わりになる」という、あまりにも悲しい代償を伴うもの。
一回り小さくなってしまったルナを前に、カイは初めて仲間にも見せない激しい感情と「弱さ」を露わにします。
ルナとの『絶対に能力を使わない』という約束。
これが今後の過酷なサバイバルにどう影響してくるのか……。
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