第21話:名もなき欠片(エラー)と、月光の銘(ルナ)
購買部からの命懸けの食料調達を終え、女子寮へと帰還した五人。
アオイとユズの勇気ある先導により、当面の危機を脱した彼らに、わずかばかりの安らぎが訪れる。
そんな中、カイはジャケットの内に隠していた「小さなバグ」へと視線を落とし、その柔らかな光に一つの名前を贈る。
女子寮の結界の内側で、俺たちは調達したばかりの保存食を囲んでいた。
豪華な食事とは程遠いが、空腹と緊張の中にいた俺たちには、冷めた缶詰やペットボトルの水が何よりの贅沢に感じられた。
「……はぁ。生きた心地がしませんでしたわ。でも、このクラッカー、意外と美味しいですわね」
「ふふ、レナ先輩、それは『空腹は最大の調味料』ってやつだよ。……ね、ユズ?」
「はいっ! ……アオイ先輩、口の横に粉がついてますよぉ」
アオイとユズに少しだけ笑顔が戻っている。
この歪んだ世界で、彼女たちの「日常の知識」は間違いなく俺たちの命を繋いでくれた。俺は少しだけ肩の力を抜き、頼もしい仲間たちへと感謝の視線を送った。
「……カイ様、少しお疲れのようですわね。顔色が優れませんわ」
セイラが心配そうに覗き込んでくる。
俺は「大丈夫だ」と短く応え、一人で部屋の隅にある窓際へと移動した。
リーダーとして、彼女たちの前で弱音を吐くわけにはいかない。俺が揺らげば、この危うい希望はすぐに崩れてしまうからだ。
窓の外には、どす黒い赤色に染まった学園の夜が広がっている。
俺は制服のジャケットのボタンを一つ外し、胸元にそっと手を差し入れた。
「……おい、もう出ても大丈夫だぞ」
囁くと、ジャケットの隙間から真っ白なノイズの塊がひょこりと顔を出した。
白いオコジョに似たそのバグは、スルスルと俺の腕を登り、首筋に定位置を見つけた。
「きゅ……」
首筋に触れる感触は、柔らかい毛皮のようでもあり、細かな静電気が弾けるようでもある。
不思議なことに、この子が近くにいると、右目の疼きが嘘のように静まるのだ。
戦うための「目」を休め、ただの「カイ」として呼吸ができる。この小さなエラーは、俺にとって唯一、責任を忘れて寄り添える存在だった。
「……名前、つけてやるよ」
この赤い空の下では決して見ることのできない、かつての夜空の象徴。
暗闇の中で、静かに、優しく世界を照らしていた光。
「『ルナ』……。お前の名前だ」
ルナは、まるで行き先を得た光のように、一際強くパチリとノイズを輝かせた。
そして俺の首筋に頬を擦り寄せ、満足そうに瞳を閉じる。
「いいか、ルナ。あいつらの前では絶対に出てくるなよ。……俺だけの、秘密だ」
ルナにだけは、誰にも見せない本当の顔で、俺は少しだけ笑って見せた。
168時間のサバイバル、二日目の夜。
右目の奥で新たな不穏なログが流れ始めたが、今はただ、首元にある小さな温もりに身を委ねていたかった。
第21話、お読みいただきありがとうございました!
ついに『ルナ』と名付けられた小さなバグ。カイにとって、リーダーとしての重圧を一時でも忘れ、ただの自分に戻れる大切な存在になりました。
しかし、168時間のサバイバルはまだ二日目の夜を終えたばかり。
次回、三日目の朝。エニグマが提示するさらなる試練によって、五人は窮地に立たされます。
仲間を守るため、カイの『右目』が限界を超えて……!?
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