第20話:日常の死角と、小さなノイズ
狂気に満ちた初日の夜を乗り越えた五人。
しかし、女子寮の備蓄だけでは七日間を生き抜くことはできない。
食料調達のため購買部への潜入を計画するカイに対し、アオイとユズが「元の学園の知識」を武器に立ち上がる。
狂った夜が明け、赤い空の下で二日目の朝が来た。
女子寮の備蓄を確認したレナが、重いため息をつく。
「……持ち出し袋の食料を合わせても、五人で七日間は到底持ちませんわね。特に水が絶望的ですわ」
「俺が購買部かカフェテリアに行ってくる。レナとセイラはここで護衛を——」
「待って、私たちも行くよ!」
立ち上がった俺の服の裾を、アオイが強く掴んだ。その横で、ユズも震える足に力を込めて頷いている。
「アオイ、ユズ。気持ちは嬉しいが、外は狂ったNPCだらけだ。見つかれば——」
「だからだよ。カイたちは『この学園のルール』にまだ詳しくないでしょ?」
アオイは真っ直ぐに俺の目を見た。
「あのNPCたちは、ただ闇雲に歩いてるわけじゃない。生前の……元の学園生活の『時間割』に沿って動いてるんだよ。風紀委員の巡回ルートや、教師の監視の死角……私とユズなら、全部頭に入ってる」
「戦闘では足手まといになっちゃうけど……隠れて移動するルートなら、私たちが案内できますぅ……!」
ユズが手作りの発煙筒をぎゅっと握りしめて言う。
俺はレナとセイラと顔を見合わせた。圧倒的な力を持つ彼女たちも、この「日常の裏をかく」という泥臭い知識は持っていない。
「……分かった。案内を頼む、アオイ、ユズ」
こうして、俺たち五人は息を潜め、女子寮を抜け出した。
「ストップ。この時間は、中庭を風紀委員のNPCが横切ります。……ここから購買部までは、裏庭の旧倉庫群を抜けるのが一番安全ですわ」
ユズの小声の指示に従い、俺たちは物陰を縫うように進む。
彼女の読み通りだった。時折、笑顔を張り付けた不気味な生徒の集団が通り過ぎるが、アオイとユズの誘導のおかげで、一度も接触することなく購買部の裏口へと辿り着くことができた。
「すごい……本当に見つからずに来れましたわ!」
「ふふん、伊達にサボりの常習犯やってないからね!」
レナの称賛に、アオイが少しだけ誇らしげに胸を張る。
俺は裏口の電子ロックに右手を当て、システムを書き換えて静かに扉を開錠した。
「よし、今のうちに食料と水をありったけ詰め込むぞ。ユズ、見張りを頼む」
「は、はいっ!」
薄暗い購買部の中で、レナやセイラが手際よくカロリーメイトやペットボトルの水をリュックに詰めていく。
俺も奥の倉庫スペースで、保存食の段ボールを探していた。
その時だ。
【微弱なエラーコードを検知】
【脅威度:0.00%(極小)】
「……ん?」
右目が反応した先。陳列棚の裏側の暗がりに、ポツンと『それ』はいた。
体長は二十センチほど。真っ白でふわふわとした、オコジョやフェレットのような細長い小動物。
だが、その輪郭は淡い光のノイズで形作られており、明らかに生物ではなく「バグ」の一種だった。
(バグ……いや、ただの処理落ち(グリッチ)の塊か?)
俺が警戒して身構えると、その白いオコジョは俺の敵意のなさを察したのか、トコトコと足元に駆け寄ってきた。
そして、俺のズボンの裾を前足でちょんちょんと叩き、「きゅっ」と小さな鳴き声を上げる。
「お前……システムから弾き出されたのか?」
そっと手を差し出すと、オコジョのバグは俺の手のひらに乗り、スルスルと腕を伝って俺の首元に巻き付いた。
ほんのりと温かく、静電気のような心地よいノイズが肌に伝わってくる。
「……っ」
ずっと張り詰めていた俺の右目の痛みが、その小さな温もりのおかげで、スッと和らいだ気がした。
「カイ! 水、確保できましたわよ!」
奥からレナの声が聞こえる。
俺は咄嗟に、首元のオコジョを制服のジャケットの内側に隠した。
なぜか、こいつの存在を「敵」として報告する気にはなれなかったのだ。
「ああ、こっちも終わった! ずらかるぞ!」
俺は胸元で「きゅっ」と丸まる小さなバグの存在を隠したまま、仲間たちの元へと駆け出した。
第20話、お読みいただきありがとうございました!
今回はアオイとユズが大活躍! 泥臭い学園生活の知識が、この狂った箱庭では最高のステルス能力として機能しました。これで当面の食料は確保です。
そして、購買部の裏でカイが出会った、ノイズでできた小さな「白いオコジョ」。
凶悪なバグだらけの世界で、唯一無害なこの小さなエラーは、カイにとってどんな存在になっていくのか?
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