第19話:真夜中の点呼と、狂った笑顔
女子寮の一室で、ようやく束の間の休息を得た五人。
しかし、カイの右目は扉の向こうに迫る「異常な気配」を捉えていた。
夜が更けた学園で、かつての級友たちが魅せる『再構築された日常』の狂気が、静かに彼らを追い詰めていく。
【警告:高エネルギー反応を検知】
【接近中……対象:NPC(背景同化体)】
「……みんな、声を出さないで」
俺の低く切迫した声に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
ベッドで身を寄せ合っていたアオイとユズが息を呑み、レナとセイラが音もなく武器に手をかける。
俺は部屋の明かりを消し、扉の覗き穴にそっと目を近づけた。
廊下を歩いてくる足音が聞こえる。
コツ、コツ、コツ。
それは、怪物の重い足音ではない。ごく普通の、革靴が床を叩く音だ。
——コン、コン、コン。
扉がノックされた。
等間隔で、機械のように正確なリズム。
「……レナさん、セイラさん。起きていますか?」
聞こえてきたのは、聞き馴染みのある声だった。
この女子寮のまとめ役である、三年生のサキ先輩だ。いつも優しく、面倒見の良い先輩としてレナたちも慕っていたはずの人物。
「サキ先輩……? こんな夜中に、一体どうしましたの?」
レナが扉越しに、努めて普段通りの声を取り繕って尋ねる。
すると、扉の向こうから「ふふっ」と穏やかな笑い声が返ってきた。
「夜中? 何を寝ぼけているの。今は『25時』。綺麗な赤い太陽が、真上に出ているじゃない。……さあ、朝の点呼の時間よ。早く扉を開けなさい」
ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。
窓の外は暗闇だ。赤い空など出ていないし、時計は深夜の2時を回っている。
25時? 赤い太陽? 彼女の認識は、根本から狂ってしまっている。
「……先輩、わたくしたち、少し体調が優れなくて。点呼はお休みさせて——」
——ガンッ!!
唐突に、扉が激しく叩かれた。
ビクッとユズが肩を跳ねさせ、アオイが両手で口を塞ぐ。
「開・け・な・さ・い」
サキ先輩の声から、一切の感情が消え失せていた。
覗き穴から外を見ると、彼女がこちらを覗き込んでいた。その顔には、口角だけが不自然に吊り上がった『笑顔』が張り付いている。
だが、その瞳孔は焦点が合っておらず、まるで書き割りのお面のようだった。
「なぜ制服を着ていないの? なぜ泥で汚れているの? なぜ、存在しないはずの傷から『青い血』を流しているの?」
支離滅裂な言葉が、ノックの音と共に連続して浴びせられる。
ガン! ガン! ガン! ガン!
力任せではない。物理法則を無視したような一定の力が、扉に不気味なへこみを作り始めていた。
「カイ様、これ以上は結界が持ちません! わたくしが——」
セイラが香炉を構えようとするのを、俺は手で制した。
右目に映るログが、最悪の可能性を示唆していたからだ。
【警告:NPCへの攻撃は『深刻なエラー』として処理されます】
【実行した場合、排除プログラム(スイーパー)を100体転送します】
「駄目だ。こいつらは敵じゃない。この狂った世界の『正常な住民』だ。攻撃すれば、俺たちがウイルスとして認識されて、大群を呼ばれる」
「そんな……じゃあ、どうすれば!」
扉の隙間から、紫色のノイズが漏れ出し始めた。サキ先輩が、扉の物理演算をバグらせて強引に侵入しようとしているのだ。
俺は痛む右目を強く押さえ、システムの根幹へアクセスした。
戦うのではなく、システムそのものを欺く。
(この部屋は……空室だ。誰もいない。入居者のデータごと、俺たちの存在座標を隠蔽する……!)
【権限行使:区画データの上書きを実行中……】
【Room 304:入居者なし(Empty)に設定変更】
俺の右目からツーッと血の涙がこぼれ落ちた瞬間、ピタリ、と扉を叩く音が止んだ。
「……あら?」
扉の向こうで、サキ先輩の狂った声が、突然もとの穏やかなトーンに戻った。
「誰もいないのね。……そうよね、今は25時。みんな赤い空のお散歩に行っているんだわ。ふふっ、良い一日を」
コツ、コツ、コツ。
足音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。
「…………はぁっ」
足音が完全に消えたのを確認し、アオイがその場にへたり込んだ。
ユズはガタガタと震えながら、声も出せずに涙を流している。
これが、Phase 2。
怪物と戦うだけの単純なサバイバルではない。一歩間違えれば、かつての友人に「異常者」として処理される、狂気と隣り合わせの箱庭なのだ。
俺たちは暗闇の中、ただ無言で身を寄せ合い、朝が来るのを待つことしかできなかった。
第19話、お読みいただきありがとうございました!
今回はバトルを封印し、再構築された世界の「不気味さ」に焦点を当てたサイコホラー展開でした。
かつて慕っていた先輩が、システムの歯車として狂った常識を押し付けてくる恐怖。そして「戦ってはいけない敵」の存在。
単なるモンスターパニックではない、Phase 2の真の恐ろしさが少しずつ牙を剥き始めます。
明日になれば、食料や物資の確保のために、この狂った生徒たちが徘徊する校舎を探索しなければなりません。
五人の過酷なサバイバル、どう切り抜けるのか!?
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