第17話:忘却の箱庭と、抗う生存者たち
「Phase 2」への移行に伴い、記憶を消去され「背景(NPC)」と化した生徒たち。
絶望的なルールの説明を受けるカイたちの耳に、突如として爆発音が届く。
狂った学園の片隅で、ただ二人だけ、数時間前の惨劇を忘れずに足掻き続ける少女たちがいた。
「Phase 2——『生存競争』。ルールの基本は極めてシンプルです」
空を割るように浮かび上がった【残り168時間】のタイマーを背に、運営委員を名乗る少女エニグマが淡々と語る。
「現在、この学園を歩いている生徒たちは、前回のデータを元に再構築されただけの『背景(NPC)』に過ぎません。彼らにとって、あの悪夢のような数時間は最初から存在しなかったことになっています。……真の参加者は、システムの初期化を逃れ、記憶を保持したイレギュラーの皆様だけ」
エニグマの言葉に、レナが怒りで肩を震わせる。
「ふざけないで! みんな生きていますわ! それを背景だなんて——」
——ドガァァァンッ!!
レナの反論を遮るように、旧校舎の方角から激しい爆発音が響き渡った。
さらに、悲鳴と金属がぶつかる甲高い音が連続して聞こえてくる。
「……ただの騒ぎじゃない。何かが爆発した音だ」
「記憶を消された生徒が、あんな真似をするはずがありませんわ!」
「ああ。生存者が……バグと戦っているんだ! 行くぞ!」
俺たちはエニグマをその場に残し、音のした旧校舎の裏手へと駆け出した。
そこで俺たちが目にしたのは、異様に肥大化した四つ足の『バグの怪物』と、泥だらけになって応戦する二人の見知った少女の姿だった。
「ひぃっ……! ア、アオイ先輩、今ですっ! 投げます!」
涙目で震えながら、小柄な少女——後輩のユズが、錬金術の実習で使う試験管を束ねた『即席の爆弾』を怪物に向かって投げつけた。
パリンッ、とガラスが割れ、強烈な閃光と煙が吹き上がる。
「ナイス、ユズ! ……うおおおおおっ!!」
目眩ましで怪物が怯んだ隙を突き、もう一人の少女——クラスメイトのアオイが飛び出した。
彼女の手に握られているのは、刃こぼれだらけの支給品の長剣だ。やけくそ気味に振り下ろした一撃が、怪物の硬い外殻に弾き返される。
「きゃあっ!?」
怪物の前足がアオイを薙ぎ払い、彼女は地面を無様に転がった。
「アオイ先輩っ!!」
「来るなユズ! 逃げ——」
怪物がアオイにトドメを刺そうと大口を開けた、その瞬間。
【対象座標をロック——脆弱性を共有】
「レナ、左の眼球! セイラ、右前足の関節だ!」
俺が右目で瞬時に怪物の『穴』を割り出し、叫ぶ。
「わかっていますわ! 『赫炎』ッ!」
「吹き飛びなさいっ!」
俺の指示と同時。レナの圧縮された炎が怪物の左目を正確に撃ち抜き、のけぞった巨体の関節を、セイラの巨大な香炉が一切の容赦なく粉砕した。
先ほどまでアオイたちを追い詰めていた強敵が、悲鳴を上げる間もなく光の粒子となって四散する。
「……え?」
尻餅をついたままのアオイが、呆然とこちらを見上げた。
その後ろから、ユズが泣きじゃくりながら駆け寄ってくる。
「アオイ先輩! あ、ああ……カイ先輩! レナ先輩に、セイラ先輩も……っ!」
ユズは堪えきれなくなったように、泥だらけの顔のまま俺たちの前にへたり込んで号泣し始めた。
アオイも、ポロっと手からボロボロの剣を取り落とし、安堵の涙をこぼす。
「お前ら……なんで」
「わかんない……わかんないけど……! みんな、普通に笑ってて……さっきのことなんて全部忘れてて……っ。私たちだけ、ずっとバケモノに狙われて……!」
アオイが嗚咽を漏らしながら、必死に言葉を紡ぐ。
そのボロボロの制服が、この数時間、彼女たちがどれほど絶望的な逃走劇を繰り広げていたかを物語っていた。
「……よく生きていましたわね。えらいですわ」
普段は高飛車なレナが、泥で汚れることも厭わず、そっとアオイとユズの背中を抱きしめた。
セイラも優しく微笑み、周囲の警戒に当たる。
これで、記憶を持つ生存者は五人になった。
傷つきながらも生き延びた仲間たちと、バグを視る目を持つ俺。
『——あら、役者が揃ったみたいですね』
ふと、頭の中にエニグマの冷たい声が響いた。
『イレギュラーは五名。168時間のサバイバル、どうか最後まで楽しませてくださいね』
空に浮かぶ巨大なタイマーが、無情に「167:59」へと時を刻んだ。
第17話、お読みいただきありがとうございました!
記憶を保持していた生存者、アオイとユズが合流しました。
頼れる魔法やパワーを持つレナたちとは違い、手作りの爆弾や刃こぼれした剣で必死に生き延びていた二人。彼女たちの無事な姿に、カイたちも救われる思いでした。
次回から、いよいよ本格的な168時間のサバイバルがスタートします。
まずは安全な「拠点」の確保に向かいますが……!?
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