第15話:聖女の鉄槌と、狂わされた理(ことわり)
大時計塔の最上階。そこには、学園を飲み込もうとする災厄の権化——『歪みの核』が鎮座していた。
魔法を飲み込み、物理的な衝撃をすべて霧散させる不可解な防壁。
手詰まりかと思われたその時、カイの赤紫色の右目が、世界の法則そのものを「欺く」ための一撃を導き出す。
大時計塔の最上階——巨大な文字盤の裏側にあたるその空間の中心には、心臓のように不気味に脈打つ、紫色の多面体が浮遊していた。
「あれが、元凶……。おぞましい気配ですわ」
「ええ。この場所を縛り、すべてを無に返そうとしている『歪みの中心』で間違いありませんわね」
セイラが巨大な香炉を重々しく構える。
俺の右目には、あの多面体がこの世界のシステム中枢であることが映し出されていたが、彼女たちにはそれは「巨大な呪いの塊」のように見えているのだろう。
俺たちが踏み出した瞬間、多面体の周囲に、陽炎のような分厚い球状の防壁が展開された。
「やらせませんわ! 『紅蓮の——』っ!?」
先制してレナが放った炎が、防壁に触れた瞬間に吸い込まれるように消え、直後に倍の大きさとなって跳ね返ってきた。
「危ないっ!」
セイラが鎖を旋風のごとく回転させてレナの前に立ち塞がり、反射された炎を強引に叩き落とす。
「どうやら、こちらが力を注げば注ぐほど、その殻を強固にする仕組みのようですわ。わたくしたちの魔力そのものを糧にしているようで……」
「だったら、純粋な一撃で叩き割るまでです!」
セイラが床を蹴り、空中に跳躍する。
重力を置き去りにしたような凄まじい身のこなしから、規格外の重量を誇る香炉が、隕石のような勢いで防壁へと叩きつけられた。
——ボヨンッ。
だが、手応えは皆無だった。
激突の瞬間、防壁は水面のように柔らかくたわみ、セイラの渾身の一撃をどこか別の空間へ逃がすように受け流してしまったのだ。
「……っ! まるで雲を叩いているようですわ。わたくしの打撃が、当たる直前に霧散させられています!」
「物理攻撃の威力を計算して、瞬時に衝撃を逃がすクッションを作っているのか……」
俺の右目には、世界がセイラの武器の質量を読み取り、瞬時に「ダメージ0」として処理するログが流れていた。
まともに戦えば、どんな一撃も「無かったこと」にされる。
(……なら、その世界の『理』を狂わせてやる)
俺は痛む右目を押さえながら、防壁のすぐそばまで歩み寄った。
ヤトの鍵を取り込んだ今の俺なら、法則そのものを一時的に書き換えられるはずだ。
「カイ? 危ないですわ、下がっていなさい!」
「セイラ、もう一度全力で叩き込め! 今度は絶対に逃がさない!」
俺は防壁の表面に手を当てた。
右目から再び一筋の血が流れるが、構わず意識をシステムへとダイブさせる。
(こいつの演算を騙す……。セイラの武器の重さを『羽毛』だと思い込ませるんだ!)
「行きますわよ……! 懺悔の時間です!」
セイラが再び跳躍し、先ほどよりもさらに重い、遠心力を極限まで乗せた一撃を振り下ろす。
防壁のシステムが、迫り来る香炉の重さを測ろうとした、その瞬間。
【パラメータ改竄:接近中のオブジェクト質量を『0グラム』に偽装】
「今だ! 紙のように薄くなったその殻を……粉砕しろッ!!」
俺が数値をバグらせた瞬間、防壁は「重さのないものが触れた」と誤認し、反発力を失ってペラペラの膜へと成り下がった。
——そこに、セイラの超重量の鉄槌が、一切の減衰なく食い込む。
「消し飛びなさいっ!!」
——ガゴォォォォォンッ!!
計算外の圧倒的な重圧を叩き込まれ、法則を乱された多面体は耐えきれず、絶叫のようなノイズを上げて砕け散った。
「……や、やった……! 壊れましたわ!」
レナが歓喜の声を上げ、空中で回転して着地したセイラも、安堵の息を吐いた。
俺の視界の端で、ずっと死を告げていた【初期化まで残り70時間】のカウントダウンが、霧のように消え去る。
「……止まった。これで、みんな消えずに済むんだな」
俺はその場に膝をつき、安堵に身を委ねようとした。
だが、運命はそれを許さなかった。
【Phase1:試練の完了を確認】
【Phase2:庭園の再構築を開始します】
「……は?」
右目に浮かび上がった、新たな不吉な赤文字。
それと同時に、時計塔が、いや学園全体が、これまでとは比較にならないほど激しい震動に包まれた。
第15話、お読みいただきありがとうございました!
セイラの圧倒的な物理攻撃と、カイの「敵の物理演算を騙してバグらせる」というハッキングの連携で、ついにコアを破壊しました!
これで初期化は免れた……と思いきや、無情にも「Phase2」のアナウンスが響き渡ります。
この理不尽な世界は、まだチュートリアルに過ぎなかったのか?
次回、新章『再構築編』へ突入します!
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