第96話 阿鼻叫喚のダンスフロア。毒と煙でご奉仕タイム。
「ヒャッハーッ! 見るっす、アスタ先輩! めちゃくちゃ燃えてるっすよ!」
一人のポニテメイド。
ジルが髪尾を揺らしながら、次弾を装填。
「いいから慎重に撃てよ。……弾は、それほど多くない」
「はいはいっす。うししっ、にしてもアスタ先輩、マジで性格ヤバマーズっす! こんな兵器を堂々と使うなんて、人として終わってるっす!」
「うるせえ、形にしたのはお前だろ。つか、領地名を語呂良く悪口に使うな。失礼だぞ」
「ひひっ、もうイケるっすよ。次はこいつで何人消し飛ぶか実験っすね~♪」
――ドォォォンッ!
即席投擲機から、二発目が放たれた。
密集する群衆に炸裂。やはり立ち昇る火柱。
「あ、あが……っ、げほっ! げほぉおおおっ!!」
まさに阿鼻叫喚。
効果は絶大。
急速な熱による爆圧、粘りつく持続的炎上。
さらに最悪なのは、熱風に乗って広がる有毒の煙。巻かれた男たちが、次々と喉を掻きむしって膝をつく。
「うげぇぇぇえええっ!」
「煙を吸うなっ、うぶっ……。ヒデェ臭いだ、内臓が口から出そうだぜ……」
「魔術師だ! 性根のひん曲がった外道魔術師がいるにちげえねぇッ!」
殺傷力より、ひたすら苦しませ戦闘意欲を破壊する。
粘膜を焼き、視界を奪い、猛烈な嘔吐感を叩き込む。
「うひひっ。アスタ先輩、見てくださいよ。アイツらの無様な踊り。略奪を楽しもうとした連中には、お似合いのダンスフロアっすね~♪」
「風があるんで効果は薄いが……混乱を巻き起こすには十分だったな」
「ドロドロに調合した特製焼夷剤に、混合毒を混ぜて一気に拡散させる。ひゃぁああ、先輩えげつないっす~♪」
「黒銀結晶の熱量なら、容易く気化できたからな。……殺鼠剤も工夫次第で化けるもんだ」
「え~? 煙の色からすると、まだまだ不純物が残ってるっすよ。職人としては納得いかないっす!」
扱いやすく、入手が手ごろな毒物。これが頭の捻りどころだった。
逆に、白骨茸はまったく使い物にならなかったんだよ。……有機物の加工って難しいんだよなあ。実に奥が深い。
ジルは工具を、器用に弄びながら邪悪に笑う。
「やっぱり、技師のうちがいて正解っすよね? この貸しはかなり高くつくっすよ」
「……わかってるって」
「期待してるっすよ。お礼はたっぷり、弾むマネーでお願いするっす」
専門家であるジルの参戦は、もはや詭弁に等しい。
正体を隠し、ヤバマーズ領の使用人に偽装したままだ。
高潔な貴族が相手ならいざ知らず、法を外れた盗賊相手なら、毒だろうが不意打ちだろうが許される。
それが僕の、そしてこの地のルール。
しかし、それでも――これは理想的な手段ではない。
「これじゃあ、黒銀結晶が戦略兵器だと宣伝しているようなもんだな」
「へ? まさか今さら、やめるなんて言わないっすよね?」
「いや、使う。僕は殺し合いにおいても、手抜きはしない主義だ」
「さすが清々しいっすね、アスタ先輩! 実は領主より、ドワーフの養子が向いてるっすよ。うちの親方を紹介してあげましょうか?」
「バカ言うな。つか、それ、お前と兄弟になるじゃねえか」
切り上げて、潜伏する味方へ号令を飛ばす。
ヤバマーズの男たちが、一斉に動き出した。
彼ら猟兵にとって、ここは慣れた庭先。
一方、外から来たならず者たちにとっては、ここは怪物が潜む魔境。
事前の地形情報?
そんなもの、気休めにもなりゃしない。
暗闇と煙のなかじゃ、土地勘がない余所者に残されたのは死だ。
「獲物を狩れ。深追いは無用……一撃離脱を徹底し、確実に削れ」
「「「応っ!」」」
殺意の唱和。
猟兵たちが次々、茂みへ消えていく。
――ガサッ。
「お前、誰だ……――――あ?」
返礼は、冷たい鉄の感触。
声を上げる暇すら与えず、喉や臓物を切り裂く。
崩れ落ちる体を抱え、音を立てないよう静かに地面へ転がす。
再び、僕らは闇へと同化。
木々の隙間、岩の影、足元の窪み。
ありとあらゆる死角から、死神の指先を伸ばす。
逃げ場などない。
ここは僕らが守り、耕し、呪い、愛してきた腐れ縁の土地だ。
その土の一粒一粒が、今は侵入者を搦め取り、命を吸い上げる泥濘へと変貌している。
「ぎゃああああっ! 足が、足があああああっ!」
「トラバサミだ! 足下に気をつけ……ぐふっ!?」
僕たちは、正面からは戦うつもりなど毛頭ない。
ヤバマーズ猟兵は、殺しのプロではない。しかし、優れた猟師の集団なのだ。
つまり、行うべきは戦争ではなく――狩り。
パニックに陥った連中は、見えない敵に怯え、武器を振り回して無様な同士討ちを始める。
すべては功を焦り、陣形を崩した報いだ。
どこに味方がいるかわかってたはずなのに、出鱈目に進軍したせいで、今や隣も前も後ろも、息をしている者が誰なのかさえ判別できなくなっている。
まあ、すぐに息すらしなくなるんだけどな。
「う、うわあああ! どこだ、どこから来やがった!?」
「光を! 松明を点けろッ! 照らし出せ!」
恐怖に耐えかねた盗賊が、焦る手で火打石を叩く。
だが、その微かな火花が生まれた刹那――。
――シュパッ!
喉笛にボルトが突き刺さる。
今さら灯りを点けても遅い。そんなもの“的”を教える合図になるだけ。
で、一番の的は……デカい声を出すリーダー格だ。
「うろたえんじゃねぇ! いいから前に出ろっ! 村までブチ当たれば、こっちのもんだろうが! いいか、テメェら――」
おいおい、勘弁してくれ。そう怒鳴り散らすな。
せっかく発狂しかけてる部下に、明確な指針なんて与えてやるなよ。
男が言い終える前に、樹上からポニーテールが舞い降りた。
ジルだ。
メイド服を翻すと、二刀に構えた切断工具を駆動。
超硬質の回転刃が、男の側頭部を迷いなく破砕した。
「……アスタ先輩。やっぱ人間って……だいぶ脆いっすね?」
返り血すら顧みない。
「まあ、そんなもんだろ。てかお前、隠密性を捨て過ぎ。ドワーフ工具駆動させんな」
「えー?」
「えー、じゃねえよ。……ったく」
僕もまた、軽口を叩きながら、獲物の深々と突き立てた狩猟刀を引き抜く。
どうにも、やってることがいつもと変わらな過ぎて……。
「ぶっちゃけ、突き詰めると。……人間もゴブリンも、そこまで変わんないのかもな」
そんな風に、感じてしまっていた。
僕の作戦は至ってシンプルだ。
敵は軍勢とは名ばかり、複数の盗賊集団の寄せ集め。
その脆弱な結束を、ひたすらに突く。
村にあった緊急脱出用の通路から抜けて、背後から強襲。
混乱を煽って同士討ちを誘発しつつ、頭を一つずつ潰していく。
「百や二百をまとめて相手にゃ出来ないが……数人ずつの塊を、何十回もブチのめせばいいのなら、そこそこ良い勝負になるだろ」
そう、何十回も勝ち続ければ、いずれは殲滅できる。
他にも策はあるが、まずはそれ。各個撃破だ。
「せっかくバラバラに動いてくれてるんだ、有難く利用してやろうじゃないか」
すると、すぐ隣でフクロウが羽ばたいて来た。
『アスタ、はぐれ魔術師だ。……防衛陣地に姿を見せてる、なにか仕掛けて来そうだ』
ここへ連れてくることができなかったオノレの声。
彼こそ、今や僕にとっての“空からの目”であり“千里の耳”だ。
「そんな連中までいるのかよ、めんどくさいな……」
僕の直感、猟兵たちが積み上げた経験と土地勘。
そこに戦場を俯瞰する視点が加われば――死角はない、はず。
(でも、なんだ? なにがこの先……僕を殺しうる?)
それでもなお、まだ気付いていない危機が……必ず、どこかに埋まっているはずだった。
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