表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右
第二章:破滅迫る、ハッタリ男爵投資劇。 ~“君がためのサキオン”になりたい~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/119

第95話 盤上の純白、戦場の深紅。摩擦係数は、死者の数で計られる。

「襲撃か。……別に構わんだろう」


 驚くほど冷淡で、無関心。


 鉄仮面により、素顔を隠す男。

 ――盗賊団を操る指揮官から、発せられた声だった。


 副官である女魔術師(メイガス)は、呼吸を忘れて絶句した。


「し、しかし、ヤン指揮官(コマンダン)。シャルル殿下の計画によれば、今回の作戦において死傷者は『限りなくゼロ』に抑えられる予定だったはずです!」

「ふむ。確かに、事前に賜った絵図の上では(・・)そうだったな」

「ならば、今すぐ暴走を食い止めるべきです! 使い魔によれば、どの集団も血の気に当てられ、我先にと襲撃を開始しようとしています。今ならまだ、兵を介して統制を――」

「不要だと言っている」


 ピシャリ、と。

 拒絶が、進言を叩き切った。


「殿下には、現地戦力の自発的な暴発と報告する。それで終わりだ」

「……まさか、これは予定されていた事態なのですか」

「予定……これまた妙なことを言う。これは必然というやつだ」

「必然?」

「ああ。元より俺は、拝命時点から前線の暴走を規定事項と見越している」

「なっ……!?」

「別に驚くことではない。ならず者風情に“待て”が機能すると信じるのは、戦場を知らぬ者の論理だ。だが、かといって殿下に異を唱えるほどのことでもない」

「なぜ、ですか……! このままでは、ヤバマーズの罪なき民にまで凄惨な被害が及びます! それは殿下が望まれる、気高き統治に泥を塗る行為ではありませんかっ!」


 若き王太子が、宮殿なる温室で紡いだ陰謀。

 極力、血の匂いを排し、法と名誉の焼印をもって屈服させる。――いわば『高潔なる去勢の儀式』だったはず。


 そう、女魔術師(メイガス)は必死に理想を訴えた。


「いいや。まさしく殿下が立案された作戦と、本質的には違っていない」

「……っ、どうして肯定できるのです!?」

「いいか。この作戦の性質上、統制のとれる正規軍を動かすことはできん。一方で、かき集めた傭兵どもは必ず暴走する。これは避けようがない」

「それは……表立って、精鋭を派遣は出来ませんから」

「当然だ。そして、ならず者を従わせる方法は? 奴らを満たしてやれと? 餌か? 娯楽か?」

「……そうできたとして、じっとしていたとは思いません」

「そうだろう。有効なのは、恐怖と粛清のみ、だ」


 雇われたならず者が、民衆を傷つける凄惨な例は枚挙にいとまがない。

 ……いつの時代も。


「しかし、事件を彩るには“適度な盗賊団らしさ”も必要だ。いっそ、カモフラージュを兼ね、ほどほどに無惨な死体として転がってもらうのが合理的と言える」

「完璧な規律を強いては、かえって不自然だと?」

「なんだ、わかってるじゃあないか。指揮官として攻撃命令は下さないが、現場の暴走は黙認し、推移を観察。必要に応じて、死体の数を調整する」

「お待ちくださいっ! その試みでヤバマーズが滅びれば、計画そのものが覆ります!」

「いや、そうはならん」


 指揮官は、ガサリと地図を広げた。

 皮手袋の指先が、ヤバマーズの村をなぞりゆく。


「ここは僻地の小領主の庭にしては、驚くほど牙を隠し持っている。要塞には程遠いが、土着の者たちが積み上げた執念めいた防御力。たいしたものだ」

「執念めいた……防御力……」

「ああ、評価に値する。あのような突撃では、どう足掻いても攻め落とせはせん。少なくとも、正面からであればな」

「……つまり、攻撃は必ず失敗する、と?」

「その通りだ。さすがに防衛側も、容赦なく消耗するだろうがな」


 消耗。

 指揮官は、命が散ることを“消耗”と数字に置き換えた。


「奪う側も奪われる側も、等しく血を流し、互いに攻めあぐねる。最終的には泥沼の硬直状態……。これでいい。作戦目標からすれば、一分の狂いもない」

「……本気で仰っているのですか?」

「俺が冗談好きに見えるのか? なら逆に聞きたいが。アスタ男爵を追求する上で、領民が死ぬと何か不都合があるのか?」

「それは……っ、いえ、そう考えれば論理的には……むしろ……っ?!」

「そう、死んでもらった方が圧倒的に好都合(・・・・・・・)だ。被害が少なければ、一時の不運だと思われかねん。事故のように抗弁されたくもないし、救援軍が駆けつけるなら危機にこそ支持を得られる」

「おっしゃる……とおりです」

「殿下の見解に修正すべき点があったとすれば――“無血という甘い見通し”のみ。多くの領民を殺傷せしめたなら、これぞまさにアスタ男爵の失策となる」


 略奪の試みは、決して実を結ばない。

 だが、ヤバマーズという名の盾もまた、無傷ではいられない。


「結論として。――概ね、目標は達成可能な範疇であり、殿下の作戦は正しい」


 そんな悲劇こそが、最も都合の良い終着点。

 生き残る商人も、別に歯向かうことはしないだろう。

 彼らは間違いなく、賢い人間なのだから。


「なにやら不服そうだな?」

「……っ」

「貴官は、根本的な勘違いをしているようだ」

「勘違い……」

「我々の役割は、到着する焔王国正規軍のために“救済されるべき被害者”と“掃討されるべき悪役”を適切に調達することにある。極論、夜明けまで混沌が継続し、ヤバマーズの秩序が崩壊していれば我々の勝利だ」

「しかし、殿下のご意志はあくまで――」

「殿下が純白を望んだとて、戦場の霧が赤く染まるのは摂理。(いくさ)において、理想と実態が異なるのは珍しいことではない」

「それは……そうかもしれませんが」

「現実の作戦には、必ず摩擦が生じる。司令部と共有すべきは、『目標の定義』と『許容できぬライン』だ。それ以外は誤差に過ぎん」


 鉄仮面に沈む双眸は、まったく揺れない。


「盤上演習で行われる理想論ならば、シャルル殿下の筋は悪くない。なかなかに弁も立つ。だが、初陣すら経験していない人間に、戦場のリアリティを説いても時間の無駄だ」

「そんな……っ! 少しくらい上申なさってもいいはずです!」

「間違っていない作戦に、なぜ反抗する必要がある? 別の無能に交代させられては、それこそ成功率が下がる。それとも貴官は、より無惨な結末を望むのか?」

「いえ、まさか。他の指揮官(コマンダン)にこのような作戦は……」

「ならば、可能な限り全力を尽くし、現場が理想論とどう異なる動きをするのか。答え合わせをして差し上げたほうが、有意義な教育となるだろう」


 誰がどれだけ死のうとも、最終的な成果が変わらないのであれば、計画変更は不要。

 むしろ、凄惨な結果こそが、理想に燃える若き為政者を育てるのだと。


 あくまで、指揮官はぶれない。


「実際、黒銀結晶(クロシュライト)が軍需品であるならば、ヤバマーズ男爵は放置できん危険分子だ。早期対処の判断は正しい」

「私が言いたいのは、方法の問題です!」

「方法か。殿下はまだ若い。此度は、得難い教訓となるはずだ。次回は、犠牲をあらかじめ算定に入れた上で、より洗練された作戦を立案していただくことにしよう。……焔王国の未来にとって、この上なく意義がある作戦じゃあないか?」


 淡々と、犠牲を秤にかける指揮官。


 副官の女魔術師(メイガス)は、もはや項垂れるしかなかった。

 プロフェッショナルとして、彼女も理解してしまっているからだ。


 衝動と暴力の連鎖は、より強力な武力以外では鎮圧できないことを。


「では、ヤン指揮官(コマンダン)。……すべては、貴方の狙い通りに推移するのですね?」

「別に、そうとも限るまい。未来など神のみぞ知る領域だ、この世はひどく気まぐれに満ちている。……投入されうる戦力も、不明瞭な点が多い」


 鉄仮面の指揮官は、わずかな沈黙の後――。

 ふと、一つの仮定をする。


「そうだな。……例えばもし、俺がヤバマーズ男爵の立場だったとしよう」


 指先が示したのは……包囲網の後方だった。



***



 盗賊たちの興奮は、予想外の方向から破られた。


 ――ヒュルルルルルル……。


 闇夜から飛来する、正体不明の風切り音。


「……あん?」


 盗賊の頭目が一人、獅子鼻が間抜けた面で空を仰いだ。

 背後から放たれた『何か』。


 それが密に固まった、群衆のど真ん中へ吸い込まれていく。


 直後。


 ――ドォォォォォンッ!!


 鼓膜を破壊するような衝撃、立ち昇る火柱。


「なっ、なんだぁっ!? 何が起きたっ!?」


 爆心地の草木が瞬く間に燃え広がり、続いて紫煙が辺りに充満。

 煙に巻かれた部下たちが、次々に喉を掻きむしって嘔吐を始めた。


「目が見えねえ、息ができねえ……っ! たす、けて」

「おい、しっかりしろ! お前ら、どうしたっていうんだよぉっ!?」

「敵襲かぁ!?」

「いや、裏だ! 裏から来やがった!」


 悲鳴と怒号が交差。急速に膨れ上がる猜疑心。

 火炎と毒煙に巻かれ、ならず者たちは退路を断たれたと錯覚する。


 混乱に追い打ちを掛けるように、すかさずそこに矢が飛んできて――。


「う、撃ち返せっ!」

「そうだ! やられっぱなしでいられるかっ!」


 黒騎士は、喉が潰れんばかりに制止を試みた。


「やめろ!こんな夜闇で応射をすれば――!」


 しかし、一人が指摘したところで、もう止まらない。

 もう理屈は届かない。


 列を乱した包囲網は崩れ去り、盗賊たちは互いに弓を向け合い始める。

 それが、剣に変わるまでに、時間はかからなかった。


 そもそもが、互いに見知らぬ混成軍。欲と飢えだけで繋がった烏合の衆。

 深い闇、着ている装備もバラバラ……敵味方の区別などつくはずもない。


 何より――欲にかられた者たちは、互いを識別する唯一の手段だった松明を、自ら消してしまったのだから。


 混沌が混沌を生んでいく。

いつも応援ありがとうございます!


「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。


作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
確かに知られている兵器だけなら、ヤン指揮官の想定内で推移するけれど、ヤマバースには国銀結晶やヤバい毒キノコなど不確定要素盛りだくさんですからね。そう簡単に攻められないと信じたいところ。アスタ君の変異ウ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ