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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右
第二章:破滅迫る、ハッタリ男爵投資劇。 ~“君がためのサキオン”になりたい~

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第94話 夜襲に光など不要。“一緒に死んで”とまた言って?(後半)

 最前線。

 ヤバマーズの村を追い詰める、松明の包囲網。


 一角に陣取る盗賊たちは、苛立ちを隠そうともしていなかった。


「おい。……いつまで待たせる気だ、あの青二才はよぉ」


 粘った唾を吐き捨てる、鼻がつぶれた大男――異名を獅子鼻(ししばな)

 街道を血に染め、物言わぬ骸を積み上げて来た凶漢である。


「チッ。……お頭、あいつら未だに“待て”だとよ。反吐が出るぜ」

「今すぐ突っ込めば、あんなちんけな村なんて一捻りだろうによ。なあ」

「商人が集まってんだってな。なら、あそこにゃ金もメシもたんまりあるんだろ?」


 盗賊たちに燻る不満は、どんどん膨れ上がっていく。


 だが、狂騒のすぐ傍ら。

 一心不乱に、愛剣を研ぎ澄ます男が一人。


「……獅子鼻、静かにしろ。あくまで指揮官殿のご命令だ」


 声の主は、盗賊には不釣り合いなほど整った鎧を纏う。

 しかし、誇りであるはずの紋章が、錆止めで無惨に塗りつぶされていた。


「指揮官殿だぁ? けっ、軍人気取りかよ。テメェも俺らと同じドブネズミだろうがっ!」

「……」

「その身なり、どうせ落ちぶれた『黒騎士』サマだろ? 没落してる分際で、お高く留まってんじゃねえっ!」

「私のことは、どうでもいい。……だが、指揮官殿の命には従え。それが、お前のためにもなる」

「はっ、ふざけんなっ。俺たちゃもう、とっくに限界なんだよっ!」


 軍勢の正体は、社会からあぶれた落とし子だ。


 逃亡犯、戦場を失った傭兵、故郷を焼かれた難民、夢破れた冒険者、禁忌に触れたはぐれ魔術師――そして、名誉を剥奪された黒騎士。

 内側には、あまりに長く患い続けた“飢え”が病のように巣食っている。


「今の今まで、俺たちがどんだけ苦しんで来たと思ってやがる! なのに、すぐそこでっ! 奴らは商人どもと呑気に宴会を開いているって言うじゃねえかっ……ふざけんなっ、ふざけんなぁあああっ! 許せるかよ、そんな不公平がよぉッ!」


 魔素による、乾いた霧の停滞。

 天から届く太陽の恵みは年々弱り、不作が続く。


 冬を乗り越え、どこの村も蓄えはすっからかん。

 ある者は木の皮を齧り、ある者は泥水を啜って、辛うじて命を繋ぐ惨状。


「巷じゃどこにも略奪できるメシがねえっ! 腹を空かせて死んだダチが、何人いたと思ってる! 家畜のクソだって食った奴がいたんだぞっ!」


 最初の収穫期まで、あとわずか。

 だが、その数週間が遠い。あまりに遠すぎる。


 蓄え尽きる、端境期(はざかいき)

 皮肉なことに、最も餓死者が出る残酷な季節こそ――緑が輝く、初夏なのだ。


「夏の収穫までは、もう待てねえんだよ! どうせ平民だ、いくら死のうが知らねえ関係ねえ。テメェも俺にそう抜かす気かぁ、あぁッ!?」

「……いや、そのようなことは」

「奴らは無関心なツラして、安全な柵のなかでふんぞり返ってやがる! ……生かしちゃおけねえ。根こそぎぶんどって血溜まりに沈めてやる」

「気持ちはわかる。しかし……村人たちには、何の(とが)もないではないか」

「それこそ知ったことか! いいか、死の森を抜ける間に、俺の仲間は三人も魔物に食い殺されたんだ。それ相応の“報酬”を毟り取ってやらにゃ、アイツらだって死んでも死にきれねえんだよッ!」


 獅子鼻が、真っ赤な眼で村を睨みつける。


 今は不気味なほど静かだが。

 さきほどまで、異常なほどの(とき)の声が響いていたのだ。


 甘く見ていたはずの獲物から立ち昇った、想定外の士気。

 それが、盗賊たちの焦燥に火をつけた。


 ……待てば待つほどに、不安になる。

 不安が殺意へ変換される。


 吹き込む初夏の夜風が、空腹と苛立ちを薪に、さらにさらにと殺意の炎を燃え上がらせていく。


 ――ああ、もう限界だ。

 寒い。五臓六腑が、空っぽの胃袋が悲鳴を上げる。俺たち自身を食い荒らそうとしている。耐えられない。


 ……なんで、こんなに寒い?

 決まってる。空っぽすぎて、命を燃やすもんが残ってねえからだ。


 ……どうして、こんなに苦しい?

 魔物が潜む暗闇で、獲物を前にお預け食らってるからだ。


 早く。

 一刻も早く――あいつらの笑顔を、ブチ壊したい。

 暖かい家を奪い、滴る肉汁で空虚を満たしたい。


 自分たちを無視して、安全な場所で温かい食事を貪るあいつらをッ!!

 自分たちをのけ者にして、明るく明日を語っているだろうあいつらを……ッ!!!


 盗賊たちは互いに、血走った目を合わせた。

 もはや、語り合う必要なんてなかった。


 もう理屈は不要だ。殺そう。こんなの理不尽だ。


「おい、野郎ども準備しろ。指くわえて、朝までなんて待ってられるか」

「やめておけ、獅子鼻。……犬死にしたいのか、待つだけでいい。我々には報酬が約束されている」

「黙ってろ、腑抜けの木偶の坊がッ!」

「誰も血を流さなくていいのだ! ……待てば金が入るのだぞっ!」

「そんなこと知ったことかよ! お貴族様の約束なんざ、何の保証があるってんだ! んなもん、(たきぎ)にもなりゃしねえっ! 俺たちはな――略奪をしに来たんだッ!」


 そう、最初からそのつもりだった。

 最初からかこつけて、略奪と殺戮に走るつもりだった。


 なぜなら、それが彼らの“当たり前”だから。


 明日の約束が守られた経験なんて……その人生になかったのだ。

 あるいは――もう、彼らの人生から()うに失われている。


「松明を消せ、闇に紛れて進めっ! 殺せっ! 他の連中に一番乗りを奪われる前になぁっ!」


 獅子鼻が吼えると、すぐさま周囲に伝播する。

 巧みに構築された包囲網に、致命的な綻びが生じる。


 夜襲に、光など不要。

 自ら明かりを消した盗賊たちは、ジリジリと侵攻を開始した。

いつも応援ありがとうございます!


「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。


作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!

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