第85話 僕の商談はどこへ消えた? こんなの誰が答弁すんだよ!
僕は内心、快哉を叫んでいた。
……もっともプレゼン成功に比例して、両肩に圧し掛かる重みが、いっそうズシリと強くなっていたけれど。
(これからは、ヤバマーズの外からも期待を背負うことになっちゃったな)
でも、リュスを守るためには必要だから。
僕は、喜んで重荷を背負える男になる。
……いつか、身が潰れゆくその日が来るとしても。
しかし、そこに。
ラ・ボアジエ教授が、死神のように口を開く。
「実に興味深い演出だった、我が学生たちよ」
「ありがとうございます……教授」
「ところで。その黒銀結晶を基材とした燃料の正式名称はなにかね?」
はあ、正式名称? これも、そんな洒落たものが必要なのか?
不意を突かれ、思考がフリーズ。
えーと、えーと! スライムみたいにドロドロした燃料だから――。
「黒銀式スラリー燃料、です」
我ながら適当だった。スライムっぽいから、スラリー。
オノレから、「よくポンポン思いつく奴だな」という顔をされた。
うっせ! 少しは、お前が答えろよ!
「ほう、スラリー燃料。では、それについて無知な私に是非ご教授願いたい」
「むっ、無知な私にご教授って、なにを冗談を――」
「この現象の起点となる音波。その持続的な励起に必要な、魔力対価の算定式はどうなっている? 既存のエネルギー資源に対する、重量比効率の優位性はあるのかな? さらに、現実的な運用の障壁となる要求技術の確保について、ここで具体的に語れるかね?」
「――ううん??(理解不能)」
「おや、答えられないのかね。我が学生たち」
……シーン。
一気に飛んできた、言葉のナイフ。
急所を的確に抉る、ガチな学術回答要求の乱射。
僕、オノレ、ジル、ヘイホー。
即席研究チームは、互いに顔を見つめ合わせる。
「え、これ……誰が答弁すんの?」
「君が代表だろ、アスタ男爵。ほら、行きなよ」
「無茶いうな! 数学と理論はオノレ、お前の専門だろ!?」
「それを言うなら、技術的な運用懸念はジルが詳しいはずでは?」
「うちは今、仮にもメイドっすよ!? 前に出られるわけないっす!」
「おまっ!? 都合の良い時ばっか、そうやって!!!」
「……あはは、ボクは雑用係兼給仕なので~。皆様に食後のお茶でも淹れてきま~す」
互いに責任を押し付け合う、僕たち。
おい、やめろ。マジやめてくれ。
教え子の私的発表会に、専門家が本気で殴りこんでくるなんて反則だ。ここは大学の講堂じゃないんだぞ!?
(あえて、細部をボカして盛り上げようとしてんのに! このクソジジイはまったくもうっ!)
実際、今までの試行錯誤でかなりのデータが蓄積されている。
詰めが甘い部分があるにしても、答えは返せるだろう。
なにせ、計算に関しては理論の天才オノレもいるのだし。
(でも、赤裸々に話したら、商人たちの熱が冷めちゃわないか?)
商人たちの目の前で、答弁するとは粗が見えかねないということ。
迫りくる質疑応答で、僕たちの精神は黒銀結晶より激しく焼き尽くされようとしていた。
***
プレゼンから、学術審査の質疑応答と化した大広間。
答弁に耳を傾ける、豪商バルトロメウスだが――。
(……途中から、さっぱりよくわからん)
飛び交う、呪文じみた数式。難解な専門用語。
ラ・ボアジエ教授が、追求すればするほどに理解不能になる。
「とりあえず、石炭や木炭よりも軽さ。……輸送コスト面でも優位性があることまでは理解できたが――」
また、一つ質疑。さらに質疑。
若者たちは、逐一話し合うと結論を述べていくが……。
「勉強不足で申し訳ありません。その研究については存じ上げませんでした。ぜひご教示くださいますか?」
「ご指摘、ありがとうございます。その点につきましては、今後の課題とさせていただきます」
「技術的な問題がありまして、その点は未検証です。ですが、データの傾向からすると、~~だと予想できます」
今後の課題? 技術的な問題点? 未検証範囲の予想?
バルトロメウスは、思わず周囲に聞いてしまった。
仲が悪いライバル商人だらけなのに、だ。
「誰か説明してくれんか。今は何を問題にしている?」
「……さあ?」
「生産量は現状、多くないようですね」
「みたい、ですな。……たぶん? あとは……よくわかりませんな」
実業家たる商人たちは、誰一人として工学や魔導の専門家ではない。
付き従う従者らですら、学者には及ばないのだ。
あまりの退屈さに耐えかね、隣のライバル商人と「これ、いつ終わるんだろうな」と妙な連帯感が生まれてしまう始末。
もはや、給仕が用意したお茶を啜りながら、物珍しい見世物を眺めている心地。
(((へー。王立大学の学術審査って、こんな殺伐としてるのかー)))
商人たちは、学者も案外大変なのだなと思った。
貴族の子息が、こんなにも右往左往しているのは、中々見られる光景ではない。
さなか墨色髪の冒険者が、バルトロメウスに尋ねる。
「バルトロメウス。どうするんだ、シャルル王太子からの命令は――」
「馬鹿を言え。炎蛇眼のゾルジュを前に、ヤバマーズに因縁をつけるなど自殺行為だろう。人間など一瞬で消し炭にされるぞ」
「まあ……そりゃそうか」
豪商バルトロメウスは、戦意喪失。
そもそもヤバマーズの戦力だけで、元より許容量を越えていたというのに。もう好きにしてくれ、といった気分だ。
他の商人も同様だ。
王太子からの「商談をぶち壊せ」という密命より、「今ここで焼かれたくない」という保身が圧勝している。
「しかも察するに、あの教授を送り込んだのは王太子自身なのだろう? ならば、我々は黙って推移を見守っておればよいのだ」
「でも、本当に良いのか? ほら、見ろよ」
二人の視線の先、質疑応答が一通り終わると。
ラ・ボアジエ教授は、アスタ男爵が震えながら差し出した資料に目を通し。
「及第点、といったところだね」
「及、第、点……」
若者たちは一気に脱力。真っ白に燃え尽きていた。
「そうだ。演出が過剰で、定量データよりデモンストレーションに寄りすぎている。学術発表としてはいささか物足りない」
「いや、これ商談なんで――」
「アスタ! 余計なことを言うなっ!」
すかさず、オノレがアスタ男爵を止めた。
せっかく話が終わりそうなのに、口答えはすべきではない。
「だが、独り歩きを始めた者たちの成果としてはまずまずだ。これをお前たち独自の学術発見として認めてあげよう」
「……はあ、それはどうも?」
「では、我が学生たち。私の記憶が鮮明なうちに、指摘された部分を修正した上で論文にまとめ、王立大学へと送り届けたまえ」
「うげ、めんどくさっ!?」
「何かな? ……私の指導に引っかかるものでもあるのかね?」
「「「いえ、滅相もないです!」」」
「よろしい。なお、スラリー燃料のサンプルも添付するように」
教授は頷くとサラサラとペンを走らせ、指導教授としての公認サインまで施している。
眺めていた墨色髪の冒険者が述べた。
「あの教授。妨害する気なんて、さらさらねえだろ」
確かに、妨害する意図はまったく見えない。
発表を聞きに来て、進捗確認がてら指導をしているだけだ。
(というか、かなり苛烈に指摘してたが……研究が通る時の態度なんだな、アレ。ここに来て、不合格になるのかと思っていたぞ)
やはり、豪商バルトロメウスにはよくわからなかった。
しかし、詳しい内容が理解できない以上、結局の判断は“教授が認めた新発見”という事実のみに集約される。
「……だとしても、大学の最高権威によるお墨付きが出たのだ。やはり、文句のつけようもあるまい」
「そりゃあ……そうだな?」
「それに、いくら王太子の命と言えど、格好の商機まで邪魔されたくはないぞ。新発見として保証された資源だ。かつての冒険商人として、乗らぬ手はあるまい」
「そいつも同感」
実のところ。
シャルル王太子は、ラ・ボアジエ教授を派遣など――していない。
すべての発端は、王太子の派閥が行った強引な情報奪取。
アスタの知己たちから黒銀結晶を強奪したのち、王立大学に分析依頼をした。
新資源の価値を問う重要案件。
公式学術機関への依頼は、手順としては全く間違ってないと言える。
だが……この一件が見事に、波及したのだ。
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