第64話 天才の視点はビックリ箱! 解決策はプルプルしてる!?
殺風景な解体小屋に、全員集合。
オノレ、ジル、ヘイホー。
そして、僕、アスタ・ド・ヤバマーズ。
「やあ、二人とも。話はまとまったのかな?」
「ああ。今日からヘイホーは、僕の部下として働く」
「……へえ。まあ、君ならそうするだろうとは思ったけどね」
オノレは見透かすように、意地の悪い笑みを浮かべた。
ヘイホーは、かしこまったように言う。
「はい! サレル村出身のヘイホー。微力ながら、今後はヤバマーズ男爵閣下のために頑張りますっ!」
呼び方から、変えてくれるつもりらしい。
さっきまでの『アスタ様』から、よりかしこまった『男爵閣下』へ。
主従の楔を打ち込んだ以上、当然のけじめか。
……なんだか寂しいけど、その方がいいんだろうな。
感傷に浸る、僕をよそに。
オノレが、探るように尋ねた。
「ところで、だ。アスタが手紙と一緒に送った、例の黒銀結晶サンプル。二人はどうしたかな?」
ジルとヘイホー、二人は対照的な反応を返す。
「うちは、届いた瞬間、実験に使いきったっすよ。先輩から『この謎を解き明かしてみろ』っていう挑戦状かと思って。……え、もしかして、返さなきゃダメだったっすか?」
ジルはポニーテールを揺らし、悪びれもしない。
「ボ、ボクは……恐れ多くて、そのまま持ってきてます。なんか、なにもしてなくてすみません……」
ヘイホーは、小さく縮こまった。
行動派の技術バカと、慎重派の小心者。
大学時代と変わらないし、らしいっちゃらしいけど。
「いや、いいんだよ。ヘイホー、責めてるわけじゃない。……手元にある結晶を、僕に返却してくれるか」
「はい、男爵閣下! 直ちに!」
ヘイホーは懐から、厳重に包まれた小瓶を取り出した。持ち歩いていたらしい。
中身を確認。……鈍い黒銀の輝き。
おそらく、一粒も減っていない。
「……ところで、アスタ先輩」
ジルが、上目遣いでジロリと僕を睨む。
「うん? なんだ?」
「いったい何人くらいに、サンプルを送ったんすか?」
「そうだなー……。ざっと、両手じゃ足りない人数だな」
「「さすがにバカじゃないか(っすか)!!!!」」
オノレとジル。
絶妙に揃ったツッコみが、解体小屋に反響した。
「そこまでとは思ってなかったよ。無差別にバラまいたにも、ほどがあるよねえ!? 機密保持の概念が、脳味噌に存在しないのかい!?」
「だ、だってさ……誰が、何人来てくれるかわかんないし。数打ちゃ当たる精神っていうか……」
「数打ちゃ当たるで、国を滅ぼす気っすか! もし変な奴の手に渡って、悪用されたらどうするつもりだったんすかっ!」
散々、二人から正論の集中砲火を浴びせられる。
「……あまり強い口調で、正論を言うなよ。泣くぞ?」
あの頃はまだ、こんな大事になるとは思っていなかったんだから、仕方ないじゃないか。
リュスのこともなかったし。
散々、友人たちに説教をされてから、ようやく本題の実験へと移る。
「さて、ジル。お前の、腕の見せ所だぞ」
ジルは目を輝かせ、鼻息荒く身を乗り出す。
「ふふふっ! 早速、黒銀結晶に触ってもいいっすか、先輩~?」
「ああ、構わない。ただし、扱いには気を付けろよ。オノレがピンセットを熔かしたばかりだ」
「マジっすか? オノレ先輩、魔導貴族のクセに何ヘマこいてんすか。ダサいっす」
「……アスタ。不名誉な注釈付きで、蒸し返すのはやめてくれないか」
オノレは、不機嫌そうに顔を背けた。
さらに、これまでの地道な実験結果をまとめたレポートを、ジルに手渡す。
「ふんふん。……励起条件と解放トリガーの、総当たりしたリストっすか」
「そう。僕が思いついたアイデアを、オノレの技術で片っ端から試した」
「とんでもない数こなしたんっすね。……相変わらず、アスタ先輩の発想力は、どうかしてるっす(ボソリ)」
「ジル。お前は実家で調べた時、なにかわかったか?」
「とりあえず、炙っても叩いても、ビクともしないくらい安定してるのはわかったっす。……でも、いかんせん、サンプル量が足りなくて、それ以上の詳しい解析は無理だったっすよ」
「……そうか」
早速、ジルは慎重に、けれど手際よく、結晶粒を取り出す。
ドワーフ特注の多層レンズ魔導倍率鏡を片目に当て、舐めるように観察するジル。
「百聞は一見に如かず。実際に、ピンセットを熔かした現象、ここで再現してもらっていいっすか?」
それから、部屋の壁を焦がし。
ヘイホーに、悲鳴を上げさせながら、再現実験を行ったのだが――。
「なるほど。音波の特定周波数による共鳴。本当にレポートの通りなんすね」
「なあ。今の実験、意味あったか? ただ僕らが熱い思いをしただけじゃ――」
思わず、煤けた顔で聞いてしまう。
すると、ジルは魔導倍率鏡を外し、感心した素振りを見せた。
「大ありっすよ! うちは、音での検査はしてなかったっす。まさか、共鳴をぶつけるなんて発想なかったっす。音楽を愛する人間種族の専門分野っすね~。さすがアスタ先輩、変態的っすね」
「お前、さっきから微妙にディスってないか?」
「いやいやいや、尊敬してるっすよ。マジで」
「はあ。……でも、お前の専門分野じゃないってなら、参考にならないんじゃないか?」
「そんなことないっす。ドワーフが住むのは地下世界。岩の反響は『眼』の技術っすから、そういう意味では、ドラン親方に教わった専門範囲っすよ」
オノレの魔術師としての知的好奇心に、火が点いたようだ。
「ほう……。ならば、是非とも、そのドワーフ学問視点、マクスウェル子爵家の技師としての見解を聞きたいねえ」
「そうっすね。でも、ドワーフの直弟子以外には、口外無用な機密もあるんで言えないこともあるっすよ」
「だとしても。ぜひ、可能な範囲で拝聴したい」
ジルは、満更でもなさそうだ。
指先で実験器具とり回すと、講義を始める教授じみた口調で、黒銀結晶を指し示した。
「まず、黒銀結晶の主成分。これは魔素だと思うっす。でも、一般的に流通してる魔晶石とは、構造が根本的に違うっす」
「具体的な違いは?」
「魔晶石は、いわば自然凝縮された魔素の塊っす。でも、不安定でエネルギーが漏れ出してるから、放っておけばいつかは空になるし、被爆もするっす」
「そうだね。だから魔晶石の運搬には、遮蔽容器が不可欠だし、加工には高位錬金術師の技術が要る」
「そういう性質の鉱石は、地下世界には掃いて捨てるほどあるっす。ドワーフでは、これを『放射性物質』と呼ぶっすね」
放射性。……聞くだけで、背筋が寒くなる。
古くから、鉱山で働く男たちの多くが、原因不明の奇病で死んでいる。
ドワーフの叡智と、魔術師の感知能力がなければ、人類は永久に、“見えない毒”に殺され続けていただろう。
僕はこのような事例を知っているからこそ、見えぬ毒を警戒するのだ。
「でも、黒銀結晶は、魔素が……なんというか、ガッチリ噛み合ってるっす。歪んだ結晶格子に閉じ込められているっす」
「歪んだ結晶格子……?」
「この格子は、過剰なエネルギーを抱き込んだままに、本来の安定した形を無視して、歪み噛み合ってる拮抗状態っす。そこに表面張力ならぬ、魔素張力? みたいな力が働いてて、外部への放出を抑え込んでるっすね」
「ほほう……! 面白い。エネルギーの檻の構造は、そのようになっているのだねえ」
オノレは知的興奮に目を輝かせ、感心したように頷いた。
歪んだ結晶格子に、魔素張力。
専門家らしい、独特な言葉選び。
でも、僕には少し難しすぎる。
実験するのは、大好きなんだけどなー。
「だから、叩いてもびくともしないっす。……でも、先輩たちの発見した特定の音に反応したってことは――」
「そのガチガチな構造を、共鳴現象で、緩めることができるってことか!」
ちょいと、僕がわかったような顔で口を挟むと。
ジルは「ちょっと違うっす」と、バッサリ否定された。
違うんかーい!
もうっ! さっきから難解な専門用語ばかりっ! よくわからんっ!
「正確に言うと、固有振動数との共鳴で、ガツンと格子の噛み合わせが外れて、歪みから戻ろうとする復元力が働くっす」
「う、うん? 緩めるのも外れるのも、似たような――」
「かなり違うっす! しかも、元に戻ろうとする力だけでなく、内在していた魔素エネルギーまでも吐き出されるっす。魔晶石と同じ放射現象が、徐々にではなく一気にっす」
「……おう、なるほどな??」
「イメージは、無数の超強力なバネが、ビックリ箱にぎっしり詰め込まれてる感じっす。音波で鍵が外れると、びょ~ん。で、その衝撃でどんどん連鎖して、ぜんぶのバネが噴き出すっす。……わかるっすか?」
「へー、すごいなあ? そっかー。黒銀結晶はビックリ箱なんだ~???」
たとえ話を、色々してくれてるが。
「男爵閣下……今のバネの話、わかります?」
「いや、全然わからん。ヘイホー、お前は?」
「ボクも……さっぱり。ビックリ箱と言われれば、怖くて触れないということしか……」
ヘイホーと一緒に、首を傾げるしかなかった。
これでも一応、王立大学の難解なカリキュラムをこなしてきた人間なんだがな。
だが、そこに嬉々として、オノレが合いの手を入れ始める。
やばい、止めなきゃっ!?
「でも、熱が周囲の空気に拡散してしまい、鉄の溶解温度までいかなそうだけど? 理論値が合わない」
「単に、熱の放出速度が異常だからっすね。格子崩壊の連鎖速度が、それだけすごいんす。空気に逃げるより速く、熱伝導率の高いピンセットに熱が渋滞した。……だから、一瞬で鉄の融点をブチ抜いたんだと思うっす」
「じゃ、黒銀結晶のエネルギー解放時に、魔晶石みたく被爆するんじゃない?」
「んー。……その可能性もあるっすけど。内在エネルギーのほぼ全部が、熱という物理現象に高効率変換されてるなら、無視できるレベルになるっすね。代わりに、残るのは燃えカスになるはずっす」
「非常に興味深い仮説だ。それは、実証できるかい?」
「今の設備じゃ難しいっすね。でも、正確な放出熱量を計測できれば、黒銀結晶に内包される動員エネルギー量を計算するくらいはできると思うんすけど……」
「熱量計測か。なるほど。……なんとかやれないものかな」
「鉄が溶ける温度に耐えうる計測器なんて、ドワーフの秘宝でもなきゃ存在しないっすねえ。そこはオノレ先輩の魔術でなんとかならないんすか?」
「なかなか無茶をいうね……。感知魔術にも物理限界がある」
「直接測るのが無理なら、『どれだけの水を沸騰させたか』あるいは『どれだけの氷を溶かしたか』で逆算するしかないっすね。ドワーフの古い知恵っす」
「おお! それなら、俺が熱力学の――」
しかし、盛り上がり続ける天才二人。
あわてて割って入る。
「待て待て待て、お前ら待てっ! 魔導の専門家だけで盛り上がるな!」
理論の天才と、凄腕技師の会話には、さすがについていけん!
そして、それは今は本題ではないっ!
「というか、だ。主成分が魔素っていうけど……魔素って、大気を漂うエネルギーじゃないのか? 聞いてると、魔素自体が、鉱石の一種みたいに聞こえるぞ」
もう前々からの根本的な疑問を、思い切ってぶつけてみた。
結局、なんなんだよ。
魔素って。エネルギーなのか、物質なのか。
しかし、ジルは目をそらした。
「ひゅ~……それは、うちの口からは言えないっす」
「口笛吹いてるつもりか? 全然、吹けてないぞ」
え、そこは、ドワーフ弟子のなかでしか共有できないほどの話なの?
まあ、なら深くはツッコまないけどさ……。
でも、そんなに大事な話かなあ。
まさか、人間種族がこれまで築き上げてきた魔素への理解が……かなり根本的な部分で間違ってる、とか?
例えば――そう。実はエネルギー体じゃなくて、未知の『超微細物質』である、とか。
……いや、まさかな。僕の妄想だ。
「まあいいや。で、結局、ジル。ビックリ箱構造を踏まえて、改善策はあるのか? このままじゃ爆弾にしかならんぞ」
「任せてくださいっす! ドワーフの工学美は、制御不能な自然の驚異を、便利で快適な道具に変えるためにあるんすから!」
「じゃ、その工学美とやらで、荒ぶるエネルギーを微調整しながら、生活に必要な分だけ放出出来るようにしてくれ」
「あ、それは構造上無理っす。そういう風に出来てないっす」
速攻で、不可能と断言された。
「魔晶石なら、不安定だからこそ出力調整も可能っすよ。でも、黒銀結晶には向いてないっす」
「なんでだよ! 構成成分、一緒なんだろうがっ!!」
「……先輩、うちの話聞いてなかったんすか? 一個のバネが弾けると、ドミノ倒しみたいに連鎖して、瞬時に全部が弾けるっすよ。中途半端に止めるなんて無理っす。出力はイチかゼロっす」
「お前っ! 僕は魔術師じゃないんだから、理解できるわけないだろうがっ!」
「やれやれっすねえ……仕方ない先輩っす」
「お前、バカにしてんだろ?」
舐め腐った態度をとってくる、童顔ポニテのジル。
でも、なら、どう解決するって言うんだろう?
「実は、解決策はそう難しくないんすよね~」
「……イチかゼロしかない、ビックリ箱なのに?」
「簡単っすよ。エネルギーそのものを制御できないなら……制御しやすい形状に変えればいいだけなんで」
「形状?」
凄腕技師ジルが提示した、あまりに鮮やかで、そして――。
「この鈍色に輝く結晶を……細かく砕いて、ゼリーに混ぜて希釈するっす!」
「「「ゼ、ゼリー!!??」」」
――矮小すぎて、想像の斜め上を行く、とんでもない解決法だった。
全員が、ポカンと口を開けて、ジルを見つめる。
「そうっすよ。なにかおかしいっすか?」
「ええ……本当に? 一瞬で鉄をも溶かす熱量だぞ」
「一個のバネが弾けると連鎖するなら、バネとバネの間に、衝撃を吸収する緩衝溶剤を挟めばいいだけっす。これで“一気に全部”じゃなく“必要な分だけ”反応させられるようになるっすよ!」
たかがゼリー。されどゼリー。
天才技師の発想は、僕のような凡人の想像を……遥かに超えた次元にあった。




