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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右


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第63話 貴族の嗜みは、疑心暗鬼。残飯で築くは、奇妙な友情。(後半)

(色々言ってはいるが……こいつが限界を迎えたのは能力不足というより、周囲の環境だろうなあ。僕がいる間は、なんとかやれてたんだし)


 傲慢な貴族の無茶振りにすり潰されては、公開議論では気迫負け。

 泣きそうになりながら、根性で食い下がろうにも、えずいてどうにもならない。


 そんなヘイホーの姿が、ありありと目に浮かんでいた。


 そうかー。僕がいなくなったら、限界が来ちゃったか……。


「ところで、アスタ様」

「なんだ?」

「その、なぜ、ボクを領地に呼んでくださったのですか?」

「え。なんでって……そりゃあ、なあ」


 ぶっちゃけ仲が良かった相手や、『謎』に反応しそうな変人に、手当り次第手紙を送りつけただけ。

 だから、こいつに関していえば――。


「別に、ヘイホーにこれといった理由はない」

「えっ!? ボクの能力を見込んでスカウトしてくれたのでは……?」

「いや、全然。むしろ、黒銀結晶(クロシュライト)に注目してなかった事実にガッカリしている」

「そ、そんなぁ……」

「なんか、変に期待させてごめんな」


 実力を認められたかったヘイホーには、申し訳ないがそれが本音だ。


 ただ、物は考えよう。

 確かに、卒業までこぎつけられる平民は、喉から手が出るほどの超エリート人材。


 しかし、現実問題として。

 ヤバマーズでは、古エルフ語で貴族と舌戦を繰り広げる必要もないし、難解な論文を書く必要もない。


 雑多な徴税記録を整理し、商談の契約書を整え、経理を行う。

 そのレベルの業務なら……脱落者のヘイホーですら、過剰人材と呼べるのだ。


「僕が手紙を出したのは、まあ、強いて言えば仲が良かったからだな。たとえ平民だろうがなんだろうが」

「それは……喜んでいいのか。非常に迷いますね?」

「不敬だな。素直に喜べ」


 泣きながら、残飯分かち合った仲だからだよ。

 家督継いだからって、省きたくなるわけねえだろ。

 これといった理由がなくても、呼びたくなったんだよ。ばーか。


 ……などとは本人には、言わないけど。


(しっかし、そんな状態とは知らなかったなー)


 ちょっと手伝ってくれるつもりなら、良かった。


 でも、結局、「勉強に耐えられなかったから来た」とまで、口にされてしまうと、こちらも手放しでは歓迎しづらい。


(ったく、こういうところが、世渡りが下手なんだ。大学で叩き込まれた修辞学を活かせよ。方便ってのがあるだろうが)


 こいつは、あんなにも苦労して、高度な学問を学んだはずなのに。

 なぜ、実生活での交渉で使えないのだろうか。


 今まさに、人生がかかっているというのにな。


(建前で良いのだ。領民が納得できるストーリーが欲しい。自ら率先して、忠誠のポーズをとり、“アスタ様のために馳せ参じました”と嘘をつく。……その程度の覚悟が欲しい)


 ひとたび雇えってしまえば、僕は――主君であり、上司になる。


 いつでも弱音を吐いて、なあなあの友達感覚で、仕事が出来る。

 そう思われては困るのだ。


 今後、取り扱わせるのは、領地の機密情報。


 きっと、色んな方法で狙われるだろう。

 つまらん精神論ではなく。覚悟と口の堅さがないと、雇えない。


(友情ってのは、雇用関係挟むと、すぐ脆くなるんだよなあ。利害という不純物が入りこむから。――最悪、裏切ったら、僕はこいつを殺さないといけないもんなぁ……)


 僕は、ヤバマーズ領の男爵様だから、やる時はやる。

 というか、やらざるを得なくなる。


 けれど、欲を言えば。

 僕は……この要領が悪い男と、まだ友達でいたいのだ。


 この阿呆を、友達から失いたくない。


「なあ。ヘイホー」

「……なんですか?」

「お前、本当に僕の下に付きたいか? 気安い関係じゃなくなるかもしれんぞ」


 遠回しに、友情が壊れるかもしれん、と告げる。

 投げかけた問いは、苦労を分かち合った学友への言葉として、あまりに重かった。


「……アスタ、様?」


 ヘイホーの顔から、さっきまでのコミカルな泣きべそが消える。


「僕は、お前を友達だと思っている。……だがな、ヘイホー。この領地が求めているのは、雑談相手じゃないんだ」

「そんなことは……わかってますけど」

「本当に、か? 僕の下に付くということは、どんな命令にも従うということ。たとえ、お前の良心に背くことでも。かつての情や縁を、切り売りするような真似であってもだ。……お前、本当にその覚悟があるか?」

「それは……」


 ヘイホーが絶句する。

 無理もない。ヘイホーは、大学の理不尽から逃げたくて、ここへ来たのだ。


 なのに、唯一の救いだったはずの僕から、理不尽の片棒を担げと迫られているわけで。


 ぽりぽり。頭を掻いて、どうしたものかな、と悩んでいると。

 扉の外から、村の女たちを叱咤するリュスの、凛とした声が微かに響いてきた。


(覚悟か。……でも、リュスと比べるのは、さすがに酷だよな)


 百死の盾を演じた、祓魔女(エクソシスター)は別格だろう。さすがに。

 ちょっと気が緩んだ。


「ボクは……」

「……嫌なら嫌でいいぞ。とりあえず、気持ちを話してみろ」


 ヘイホーが、絞り出すように口を開いた。


「ボクは……出来れば、不誠実なことはしたくありません」

「不誠実なことはしたくない、か。……いいご身分だな、ヘイホー。そんな贅沢な台詞、僕だって軽々しく言えないぞ」

「すみません」

「いいか、ヘイホー。ここは、大学の講堂じゃないんだ。頭を下げるだけじゃ解決できないし、欲深い商人と化かし合って、時には、飢えた子供の口から芋を取り上げなきゃならない日だってきっと来る」

「……うう」


 ヘイホーが、これまで受けてきた理不尽。

 教授からの雑用、貴族学生の蔑み、言葉の壁に、冷え切った残飯。


 うん、確かに辛かっただろうな。


 けれど、全部、ルールが存在する場所での苦しみだ。

 良くも悪くも、学生は特別な身分。大学が守ってくれていたのだ。


「お前は、不誠実を嫌うと言ったな。……だが、僕や仲間のために『嘘』を吐くことはできるか?」

「え……?」

「みんなを守るためなら、僕は嘘をつくことを厭わん。悪いことだってする。……道義的な不実ではなく、仲間のための『誠実な嘘』を、お前は貫けるかと言っているんだ」


 ヘイホーの身体が、びくりと震えた。

 顔は青ざめ、泳ぐ瞳は、逃げ場を求めて虚空を彷徨う。


「アスタ、様……。ボクは、ボクはただ……」

「辛くて、逃げてきたんだろ? わかるさ。僕だって、逃げ出したくて仕方なかった。頼ってくれて、ありがとう。……でもな、ヘイホー。逃げる先をこのヤバマーズにするなら、ここは、お前の最後の戦場になる」


 オノレにも、ジルにもこんなことは言わん。

 アイツらは貴族だし、雇用関係ではない。

 言ってしまえば、いつでも領地に帰れる連中だ。


 しかし、平民のヘイホーには……僕に仕える気なら、ここに骨を埋める気で働け、としか言えなくなる。

 決して、楽な生活が出来る状況ではないから。


「働くなら、僕と一蓮托生だ。で、一蓮托生になりたいなら……誠意を見せろ。いっそ一緒に死ぬ気で来い」

「死ぬ気で、ですか」

「そうだ。そうすれば、お前がこれから、皆のために吐く嘘は――」

「ボクが吐く嘘は?」

「――全部、僕が背負う。そして、ヤバマーズの真実となるだろう」


 それが、こいつに提示できる。新しい友情の形。


 世渡りが下手なら、自分のための嘘がつけないと言うのなら。


 いっそ、主体を変えてしまえ。


 皆のために嘘をつくことを、誠実さと呼んでしまえ。

 僕のために嘘をつくことを、誠意と呼んでしまえ。


「そうしたら、絶対に見捨てないよ。僕が、ここに居場所を作ってやる」


 僕は、自らの心臓に、親指を向けた。トントン、と。

 責任の所在も、居場所も(ここ)にある。


 ヘイホーが、ゆっくりと顔を上げた。


 まだその瞳には涙が溜まっていたけれど。

 先ほどのような卑屈さは、わずかに影を潜めていた。


「ボクには、何もありません。学位も、名声も、村に誇れる成果も……」

「ああ、今はな」

「でも、アスタ様と一緒に食べた、あの堅いパンの味を……涙の味を、忘れたことはありません」

「……ああ、僕も忘れてないとも」


 すると、ヘイホーは深く、震える呼吸を一度吐き出し。

 そして、僕の前へと跪く。


 大学で教授に命じられた時のような、屈辱に塗れた動作ではない。

 どこかぎこちないが、それでも自らの意思で、身を差し出す儀式。臣従儀礼(オマージュ)


「アスタ・ド・ヤバマーズ様。ボクを、ボクの不格好な誠意をお受け取り下さい。……どうか、貴方の事務官として……お召し抱えください」


 よし、言ったな。ヘイホー。

 最初から、そうしてくれれば良かったんだ。


 きっと、僕は……友をひとり失うことになるけれど。


「いいだろう。そこまで言うなら、こき使ってやる」

「はは。出来れば、お手柔らかにお願いしたいのですが……」

「だが、最初に言っておくと……ヤバマーズの会計事務は、大学の試験よりよっぽどエグいんじゃないかな」

「えっ?」

「とりあえず。リュス……さっきの男装の美人に、徹底的に絞り上げられる覚悟をしておけ」

「あの、目の怖いお姉様が、ボクの上司になるんですか……?」

「……彼女の辞書に、手加減の四文字はないからな。ぶっちゃけ、僕より怖いぞ」


 ヘイホーが、「ひぃぃっ!」と情けない悲鳴を上げる

 マジで、僕にも手加減しなさそうだからな。リュス。


「やっぱり不吉な予感がしてたんですぅ……」


 早速、ヘイホーは半泣きになったが。

 その足取りは、先ほどよりもずっと地面をしっかりと踏みしめていた。


「あー。それから、ヘイホー」

「……はい?」

「来てくれて、ありがとな。本当は、お前の顔が見れて、ちょっと安心したんだ」


 僕の小さな、本当に小さな独り言。

 聞こえたのか、聞こえていないのか。


 ヘイホーは一瞬、きょとんとした顔を見せたあと。


「その不意打ちはズルくないですか……?」


 真っ赤な顔で俯いたのだった。


「さあ、行くぞ。オノレとジルが待ちくたびれている。……ここからは、友情ごっこの時間じゃない。世界を驚かせる詐欺の相談だ」


 僕は、オノレの言う通り、鑑定眼が甘いのかもしれない。


 でも――。

 不信の種を数えるより、不格好な誓いを信じたいんだ。


 主従の楔を打ち込み、それでも、僕らは友として歩めるのか。

 そんな矛盾を抱えたまま、ヤバマーズの逆転劇は、新たな局面へと突入した。

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