Fireworks
急遽、終業式の日に生徒会主催による花火大会が行われることになった。各委員会は多忙を極め、教師陣も何やら忙しくしていた。終業式当日に予定されていた追試は一日ずれることになり、追試者は一日夏休みを棒に振ることになった。だが、生徒たちは生徒会の張り紙に胸を躍らせていた。
『当日、生活部にて生徒一人につき、五千円の支給があること。全員、浴衣着用。浴衣はレンタル業者二社が第一体育館にて明日より提供。着付けについて男子は職員用第一会議室、女子は第二音楽室にて指導教室を開催』
「へぇ、面白いことになってんな」
久しぶりに学校へ来た夜見は、張り紙に見入っていた。雪久はまだ実家にいるらしいが終業式にはでると識から連絡があった。夜見は、雪久が特にうなされることもなく、穏やかに眠っているという識の報告にそうかと答え、岸崎の件についての礼をいうと、何かあればいつでも協力するという返事が返ってきた。
(まあ、そうそう何かあっても困るけど……)
とりあえず、夜見の日常は平穏に過ぎていく。柚木の官舎を出て自分の部屋にもどり、ときどき温室で昼寝して、ときどき妃奈子に絡まれて……。
あっという間に、終業式を迎えた。
「調子どうだ?」
夜見が雪久にたずねると、満面の笑みで絶好調と答えた。夜見は苦笑を浮かべた。
「そっちこそ、二週間面会謝絶だったけど?マジでどっか悪いのか?」
「特異体質らしいからなぁ。たまにあるんだよ、寝込むことが」
夜見は適当に答えてそれよりと話題を変えた。
「お前、浴衣とかちゃんと準備できてるの?」
「ああ、俺、自前でそろえてきた」
「ふうん。着付けとかできんの?」
「うん、識に教えてもらったから問題ない」
雪久はうれしそうに笑う。
(こいつは……識のことになると……)
本当に可愛い顔になるなぁと夜見はのどの奥で笑いをこらえた。
「ヒミ。露店いっしょに回ろうぜ」
「ああ、そうだな」
「でも、ヒミの浴衣姿とか……想像がつかないな。俺」
「まあ、見てのお楽しみってことにしとけよ」
夜見はにやにや笑った。
終業式は滞りなく終わったが、生徒たちはどこかそわそわしていた。もちろん生徒だけではない。教師陣もそれなりに楽しみにしていた。
「それにしても、今年の生徒会はいろいろやってくれますね」
「いいんじゃないですか?僕らも楽しめますから」
「露店なんて久々でちょっとテンションあがるわ」
「そうですね。そういえば、露店で体験学習できるようにっていう案は誰が出したんですか?」
「各委員会から、ちらほら意見があがってたそうですよ。文化祭で模擬店を出した経験からでしょうかね。特に二・三年の生徒から、要望があったそうです」
「なるほど」
そんな会話がひそかに交わされていたころ、柚木たちは露店の設営や危険物の取り扱いなどの手伝いで忙殺されていた。
「そういえばさぁ。花火はどこに設営したんだ?」
「ああ、それは対岸だそうです。それで、生徒会長が『新人VS古老の特別花火大会』ってタイトルでネット上に情報をながしたそうですよ」
「へぇ、じゃあ、向こうにも露店が並んでるのかねぇ」
「ええ、商工会が手配したらしいです」
そんな会話が交わされながら校舎前のメイン通りにずらずらと露店が設営されていった。終業式が終わると、設営中の露店をのぞきながら、生徒たちが寮へと戻っていく。
露店販売体験希望者は、足早に寮へ戻りTシャツとジーパンというラフな格好に着替えて、各店舗に急いで手伝いに入った。
花火は八時から上がるが、露店は七時から開店する。それぞれが、軽い夕食をとるともうすでにお祭り騒ぎである。
雪久が夜見を迎えにいくと、夜見は雪久を部屋の外でしばらく待ってろと言った。しばらくすると、アヤメが出てきた。照れくさそうにこんばんわとアヤメが笑う。雪久もこんばんわと笑う。
アヤメの浴衣は深緑の生地に鮮やかな蝶が舞うデザインのものだった。セミロングの髪には、生地と同じ色のカチューシャに小さな白い花があしらわれている。
「いいね。かわいいじゃん。似合ってる」
雪久はにっこりと笑った。九鬼君もかっこいいよとアヤメも言う。雪久の浴衣は、白地に銀糸と太めの紺の縦ライン仕立てで、シンプルながらも粋な雰囲気のあるものだった。
そして、ようやく出てきた夜見は……。
「お前……それ……」
男物の浴衣である。黒地に白抜きの昇り龍。
「仕方ないだろ。女子用だと身ごろがあわなかったんだよ」
「でも、帯は女の子用の金朱だったんじゃないの?」
アヤメがそういうと、夜見はうなる。
「あれじゃあ、すぐに崩れるよ。一応、タオル何枚かいれてみたけど……」
「ま、似合うからいいんじゃねぇの」
雪久はくすくすと笑った。
「それより、その頭の奴はなんだよ?」
これかと夜見は、右斜めにつけていたものを顔にかぶる。
「キツネ面だよ。御幸と十夜からのプレゼント」
「ふうん、なんでキツネなんだ。ヒミなら夜叉だろ?」
雪久はさらっと恐ろしいことを言うが、夜見はまったく気にせずにまあなと答える。
「なんでも、好きな小説に出てくる人物がキツネの面をかぶってるんだってさ。おかえしに写メ送っといた」
夜見は面をつけたまま、けらけらと笑った。
倉橋遼は終業式が終わると生徒会室のソファーでうたたねをしていた。この一週間、ほとんど寝る間を惜しんで契約書や依頼書などの書類を作っていたせいだ。業者選定は会計係が担当してくれたし、大人たちを丸め込んで出資させたのはもちろん三ノ宮である。
一番のネックだった花火は、理事長のつてで引退した花火師が後継者育成をしている団体にひきうけてもらえた。向こうは、昔ながらの花火のわざと新人たちのいい発表の場になると喜んでくれたらしい。
おかげで広報を担当していた風紀委員会は、ネットでの告知と周辺地域への協力要請などで毎日のように学校と外界とを行き来する忙しさだった。他の委員会も露店体験のとりまとめなどで、あわただしく動いていた。
「完全につぶれてるぞ、三ノ宮」
北条はうたたねしている倉橋を見下ろして、会長席で優雅にお茶を飲む三ノ宮に言う。
「大丈夫ですよ。北条さん。遼は少し眠ればすぐ元気になりますって」
「そういうもんか?」
三ノ宮はそういうもんですと涼しい顔で言った。
そこへ相川が大荷物を抱えて、必死でドアを開けながら生徒会室にやってきた。北条はすばやく相川の荷物を持ってやると相川はあわててありがとうございますと元気に礼を言った。
「いや、いいんだけど、この荷物なんなんだ?」
「えっと、会長にたのまれたお品です」
相川は少々困った顔をしている。三ノ宮はまってましたとばかりに、倉橋を揺り起こす。
「ほら、遼。きがえるぞ」
「あ?ああ……」
半分、寝ぼけたような倉橋は三ノ宮に引きずられるように立ち上がった。相川は円卓の上に荷物を置いてもらうと、中身をどんどん引っ張り出してソファーの方に持っていく。
「相川……」
「なんでしょう?北条先輩」
「その浴衣、誰が着るんだ?」
「会長と副会長です」
相川はにこりと笑った。
(なんでこんなことに……)
倉橋は、寝ぼけた状態で三ノ宮と相川に浴衣を着せられた。それは、襟元と裾にフリルがついたピンクを基調にした派手な花柄の女性もの。帯も派手に真っ赤だ。そして黒の絞りで作られた三分紐に紫の蝶の帯留め。頭には茶髪のウィッグ。ヘッドドレスというらしいレース仕立ての頭飾り。そして、化粧。まぶたが重くなるほどのつけまつげ。
「はい、ロリータ風浴衣の完成です」
相川は心底うれしそうに、倉橋を姿見の前に連れて行った。北条は意外に似合うなぁと関心している。そして、三ノ宮は倉橋と同じような女物だが、黒を基調にした生地に鮮やかな赤いバラと花弁が舞う浴衣。倉橋とそろいの帯と三分紐。
帯留めは銀の髑髏だった。ウィッグは銀髪。ヘッドドレスの色は黒だ。そして二人とも黒の編み上げブーツ。
「いったい……なんなんだ?この仮装は……」
倉橋は恨めしそうに三ノ宮を見る。どこからどう見ても謎の美少女の三ノ宮がにやりと笑う。
「普通に浴衣着てもつまんないから。さ、一華ちゃんも着替えておいで」
相川は、はいと元気よく退室しようとして、振り返った。
「あ、北条先輩のも箱の中にありますから、使ってくださいね」
一言いい残して去っていく相川を見送り、北条はそっと箱の中をのぞいてみてほっとした。男物の浴衣が一式そろえてある。
「先輩、さくっと着替えてエスコートお願いします」
安心していた北条の心に三ノ宮の毒矢が刺さった瞬間だった。
生徒も教師陣も、それぞれ浴衣で露店を楽しんでいる中、キツネ面をつけた夜見と雪久にはさまれるようにして歩くアヤメは、かなり居心地が悪かった。露店に夢中になっていた生徒たちが、驚いたような顔でこちらを振り返るのだ。それらの視線を釘付けにしているのは、両サイドの二人である。けれど、その視線の中にときどき羨望と嫉妬の視線が混ざっており、アヤメの背中に刺さるのだ。
「やっぱ、目立つぞ。お前の面」
「あたしのせいだけにするなよ。色男」
アヤメの頭越しに雪久と夜見が楽しそうに会話している。アヤメは自然とうつむき加減になった。夜見はそれを見て、ちょっと立ち止まる。
「アヤメ、どうしたの?」
「え?だって……」
夜見はああと一言いうと、雪久とアヤメの間に入り、浴衣の懐に差し込んでいる右肘を軽くアヤメにさしだし、ほらっと捕まるように促す。そして空いている左手で雪久と手をつなぐ。
「あのね。だから、夜見……」
アヤメは恥ずかしそうにそうじゃなくてと言おうとしたが。
「こういうときは悪乗りして遊ぶのがあたし流。アヤメはあたしと遊ぶの嫌?」
そういわれてしまい、しかたなくアヤメは夜見の右肘にそっと手をかけた。雪久の方は、その悪乗りにさらにのっかって恋人つなぎにする。
「いや、いいねぇ。両手に花だよ」
夜見はキツネ面のしたでにやにや笑いながら言った。
「あ、アヤメちゃん」
友達とヨーヨー釣りを終えた妃奈子がアヤメに声をかける。そして、うらやましそうに雪久を見た。
「ちょっと、九鬼君。なんで姫と恋人つなぎなの。そこ私の立ち位置」
「いやいや、ここは俺でしょ」
それはまあ、そのほうが面白いけど絵的にはと、妃奈子は苦笑する。
「じゃあさぁ、花火が始まる前に写真とろうよ。いいわよね。姫」
「いいですけど、その前にお友達ぐらい紹介してくださいよ。小鳥遊先輩」
夜見はわざとらしく棒読みの敬語を使うと妃奈子はかわいらしく頬を膨らませて抗議する。
「棒読み禁止!」
その顔を見ていた四人の少女たちはくすくすと笑った。どうやら、彼女たちが妃奈子の契約者らしく、夜見や雪久のことは聞き知っている様子だった。
とりあえず、道の真ん中で立ち止まっているのは迷惑だから、噴水のあたりにでも行きましょうと少女たちがいうので、夜見たちは大通りの中間地点にある噴水のある広場に向った。
そして、ちょうど同じころ、北条は両側に謎のロリータ美少女を連れて噴水にたどり着いていた。
「今日は、花火大会だよな」
北条は確認するように、後ろからついてきていた相川にたずねる。相川はそうですよと元気に答えた。ちょうど、相川からは夜見たちが見えていない。
「キツネがいるぞ、相川」
そういわれて、相川は倉橋の横から、顔をのぞかせて目を輝かせた。
「きゃーすごいです。かっこいいおキツネ様だわ」
そういわれたキツネ面の男は、北条の両サイドを見て似合いすぎだろ、黒子とグレコのお二人さんと笑った。どうやら、キツネ面の男には謎の美少女二人が倉橋と三ノ宮であることがばれているらしい。
(ここまできて……なぜ、ばれる)
倉橋はだれあれという声を聞きながら、ばれてないことにほっとしていたのに……。
「え?って……お前……もしかしなくても、比良坂!」
倉橋は思わず声を出して、あわてる。
「ご名答。今から、みんなと写真撮るんだ。混ざる?」
「混ざるよ。当然」
倉橋が断る隙も与えず、三ノ宮が答えた。
「うわぁ……なんかぁすごいことにぃなってるねぇ」
富永は噴水のあたりの人だかりに、のんびりと驚いていた。村雨はああと頷く。大声で誰かが叫んでいた。
『お三方と写真を撮りたい方は、こちらにおならびくださ~い。おひとり様千円です!!』
富永はあれってぇ写真部だねぇと囁く。村雨はそうだなと答えた。
噴水の前には、ロリータ風浴衣姿の美少女二人とキツネ面をかぶった男が立っている。
「もしかしなくてもぉ、あの子たちってぇ……」
「あいつらだな」
「なんでぇ、女装?それに、キツネぇ?」
「さあな。資金回収がどうとか言ってた気がするから、たぶん、三ノ宮の仕業だろう。……紅はいかなくていいのか?」
富永は満面の笑みで大丈夫ぅという。
「きっとぉ、夏休みが明けたら写真部がぁ盛大に売り出すと思うからぁ。シンちゃんはいいのぉ?」
いらんと村雨はざっくり切り捨てた。
「じゃあぁ、もうちょっとぉ花火がみやすいところにぃいこうよぉ」
富永はそっと村雨の手をにぎる。村雨は不機嫌面でその手を握り返すと、ゆっくりと噴水に背をむけた。
大騒ぎの撮影大会の場所から少しわきによってアヤメと相川が眺めていた。妃奈子は写真部が来る前に、アヤメたちと写真をとって、また露店めぐりに出かけている。雪久は、飲み物を買いに行った。
「すごい騒ぎね」
不意にアヤメに声をかけたのは、礼子だった。
「うん、すごいよね」
アヤメはくすくすと笑う。
「あんた、露店みにいかないの?もうすぐ、花火あがるわよ」
「礼子はもうまわったの?」
「……これからまわるところ」
「じゃあ、一緒に行くわ」
アヤメは相川に一言断りをいれて、礼子と露店めぐりにいった。相川は二人の背中を見ながら、どうやら件の問題はよい方に解決したらしいことを悟った。
丁度、飲み物を買って戻ってきた雪久がそろそろ八時だなと相川に声をかける。そうですねと相川が答えた瞬間、最初の一発目が空に打ち上げられた。
それを合図のように、つぎつぎと花火があがる。生徒たちは歓声をあげた。
◆
「昨日はすごかったわね」
そういって教壇に立つのは、夜見の担任の中谷佐和子だった。清楚なお嬢様教師として、一部の男子から絶大な支持を得ている彼女は、にこにこしながら追試の準備をしている。教室には、夜見とアヤメと礼子が飛び石のように横に並んでいる。
「で?なんでお前らいるわけ?」
なにげなく、夜見がアヤメと礼子に聞く。
「あたしは、検査入院で受けられなかった分を受けるだけよ」
礼子はそつなく答える。アヤメだけがうつむいていた。
「真田さんはね。解答欄まちがってたのよね?」
中谷はにこりという。それを聞いて夜見と礼子が爆笑した。
「ちょ……そんなに笑うこと!!」
「アヤメって結構うっかりなのな」
「ち、違うから。礼子のことで動揺してただけで……」
「ちょっとぉ、人のせいにしないでくれる?」
はいはいそこまでと中谷がいった。
「それじゃあ、追試をはじめます。がんばってね」
夜見と礼子は笑いをこらえ、アヤメはふくれっ面で試験を受けた。
【完】
一言感想いれていただければ、はげみになります。よろしくお願いします。




