88 リリアーナの治癒魔法
呑気に花を摘んで帰った俺を待っていたのは、息絶えた家族と同胞たち。
どんなに涙を流しても、どんなに叫んでも、元には戻らない。
俺は、ひとりぼっちになってしまった……。
だけど、いつか必ずあの土地でチェザーレを復活させる。それで、みんなに赦してほしい。そう思って、生きてきた。
そのために、俺は、強く……強くならなきゃいけない。誰にも負けないように、誰からも奪われないように。だから俺は――。
どろりとした闇の底で、その言葉だけを握りしめていたとき。
「もう、いいの。ひとりで、頑張らなくていいのよ」
誰かの声がした。
俺は、鉛みたいに重いまぶたに力を込める。かすかに開いた視界の向こうに、懐かしい姿が映った。
ふわふわのピンクの髪に、透き通ったエメラルドグリーンの瞳。
白いドレスを着た女の子が、心配そうに顔を覗き込んでいる。
もう二度と会えないと思っていた人だった。
「……アウローラ……」
絞り出すように、その名を呼んだ。
花を摘んできてと騒いだ君。俺は、その願いを叶えてやれなかった。
「ご……めん……」
胸がつかえて、うまく言葉が出ない。
言いたいことは山ほどあるのに、声にならなかった。
ふいに、視界が暗くなる。白い手がそっと俺の目をふさいだのだ。
「今は眠るの。体を休ませないと……。でも、大丈夫。次に、目が覚めたときには、元気になっているから」
夢のはずなのに、耳元でささやかれているみたいに、気配が近い。
おかしいな。俺に怒ってばかりだった君が、こんなふうに優しい言葉をかけるなんて。
そんなことを思いながら、俺は安心したように目を閉じた。
リリアーナの背中が、一瞬、淡く光った。ユリウスにかざした手からは、金色の光の粒がこぼれだし、雪の結晶がとけるように、ユリウスの身体へと吸い込まれていく。
それをしばらく続けると、ユリウスの寝息は、さっきまでの苦しそうな呼吸とは違い、穏やかなものになっていた。
リリアーナは、治癒魔法でユリウスの熱を下げ、疲労していた体を回復させたのだ。
顔色もよくなったユリウスを見下ろして、リリアーナは、安心したように息をついた。
さっきのは、きっと夢を見ていたと思うはず。いままでは、かつらと眼鏡をかけていたから、あたしの本当の姿をこの人は知らないし。まあ、これからも教えるつもりはないけどね。
リリアーナは、机の上の変装道具を取ろうとして、引き出しの隙間から、光が漏れていることに気づいた。
静かに引き出しを開けると、小さな箱がはいっていた。それが七色の光を放っている。
リリアーナが箱を開けると、鎖の切れたペンダントが目に入った。手に取ると、まるで再会を喜ぶように震え、強く輝き出した。
「静かにして。あの人が、起きちゃう」
ぴたっと振動は収まり、光もすっと消えた。
「今は連れて帰れないの。そのうち会いにくるから、待ってて」
それだけ言うと、リリアーナはペンダントを元に戻して、引き出しを閉めた。
「そろそろ戻らないとね」
小声でつぶやき、部屋を出ようとドアノブに手をかけてから、何かを思いだしたようにユリウスの元へ戻った。
布団をめくり、ユリウスの男らしい大きな手に、リリアーナのほっそりとした手が重なる。
「これは、ついで。サービスなんだから、感謝しなさいよ」
口ではそんなことを言いながらも、リリアーナの目は優しく、ユリウスへ治癒魔法を施した。
ふとユリウスを見ると、子供のように無邪気な顔をしていたので、思わず、伸ばした手で鼻をつまむ。
本当、ずうずうしい奴。あたしは、あなたの短剣で怪我をしたって言うのに。
リリアーナが胸の内で不満をこぼしていると、ユリウスが「うっ」と小さく呻いた。
「え、ちょっと、まだ起きちゃ駄目よ!」
びっくりしたリリアーナは、ぱっと手を離して、慌てて部屋を出ていった。




