84 思い出を照らす貝
「僕の学校では、部活動の見学期間というのがあって、気になる部活を見て回ったんです。最初は、ボランティア部に興味はなかったんですが、部長さんにおいでって強引に連れて行かれて。そのとき、同じく部活の説明を聞きに来ていたのが、杉咲先輩です」
「あれ、杉咲先輩もなんですか?」
「はい。先輩は、転校してきたばかりで、同じクラスの部長さんに、やっぱり強引に引っ張ってこられたみたいです」
「それが、運命の出会いだったんですね」
「え! なんで、わかるんですか!」
茶化したつもりで言っただけなのに、拓海が心底驚いた顔をするので、ザックはもう笑いを堪えられず「ははは」と声を上げた。
拓海は、「はめられた」と思った。
だが観念したように、小さく息を吐いてから、本心を打ち明けた。
「先輩のエメラルドグリーンの瞳を見た瞬間、心臓が、どくんって飛び跳ねて。まるで時間が止まったみたいに動けなくなって……」
「なんだかドラマみたいな出会いですね。――あれ、杉咲先輩の目って、緑色なんですか?」
ザックの言葉に、拓海はぎくりとした。
「え、あ、その、光の加減で。そう、光がこう射し込んできて、なんだか緑色に見えちゃって、あはは。先輩の目は、僕と同じ黒です。本当ですから!」
やば。先輩に、「かつらと眼鏡を掛けて会ったから、本当の容姿については内緒にして」って言われていたのに。あー、まずい。ザックさんにバレちゃったかな。
拓海は心配したが、ザックは別の意味に受け取った。
緊張のあまり、目の色まで違って見えるなんて……。なんてかわいいんだ、うちの拓海様は!
◇◇◇
僕は部屋に戻ると、机に向かって勉強を始めた。中間テストも近いしね。
けれど、どうにも集中できない。
ふと、さっき使ったスケッチブックが目に入った。
一度休憩して、少しだけ絵を描こうかな。
ユリウスさんに渡す絵を描いてから、久しぶりに「描きたい」スイッチが入ったみたいだ。胸のあたりが、なんだかふわふわして落ち着かない。
そして、いま描きたいのは、もちろん――。
色鉛筆を走らせていると、ベッドの上でぴょんぴょん跳ねていたコディが、僕の体によじ登ってきて、肩のあたりからじっと覗き込んできた。
「あ、これは趣味で描いてるだけだから……みんなには内緒だよ」
僕は引き出しから飴を取り出して、そっとコディに握らせる。まあ、口止め料ってやつだ。
コディは飴を口に放り込むと、ポシェットから愛用のペンとメモ帳を取り出して、なにやら書き始めた。
「コディも、絵を描きたくなっちゃった?」
かわいいやつだなあ、なんて目で眺めていると、コディがびりっと破いた一枚のメモを、こちらへ差し出してきた。
そこには、大きな字で『片思い』と書かれていた。
◇◇◇
俺が台所で皿洗いをしていると、二階から、どたばたと走り回る音がしてきた。
おいおい、病人がいるんだから、騒いじゃだめだろう。そう思って、呆れたようにため息をつく。
濡れた手を拭きながら二階へ向かおうとして、絵を預かったことを思い出した。
二階へ上がり、拓海様の部屋の前で立ち止まる。
「走り回ったら駄目ですよ」と小声で注意をすると、「ごめんなさい。気をつけます」と返ってきた。
俺は静かにドアを開け、ユリウス様の部屋に入った。
狼族の俺は、暗闇でもそれなりに目が利くが、ユリウス様が目を覚ましたとき真っ暗だと困るだろうと思い、机の上に小さな巻き貝を置いておいた。暗い部屋の中で、それが淡く光っている。
巻貝は、始末屋の仕事で訪れた海辺の町で、宿屋の子供たちにもらったものだ。
「これ、夜になると青く光って、きれいなんだよ」
「おっ、そうなのか」
「うん。それにね、この貝はね、『思い出貝』っていって、昔のことを夢で見ることができるんだって。寝るときに近くに置いて、試してみてね」
前歯が抜けた顔で、嬉しそうににっこり笑って、俺の手にのせてくれた。
いつもぐっすり寝ちゃうせいか、俺には思い出貝の効果はなかった。
それでも、熱にうなされているユリウス様だけは、せめて夢の中だけでも穏やかな時間を過ごしてほしいと思って、この思い出貝を持ってきた。
それから、もうひとつ。
俺は持ってきた絵を、ベッドサイドテーブルの上にそっと置いた。
「拓海様が花の絵を描いてくれたんですよ。綺麗に咲いているからって。早く元気になって、みんなで見に行きましょうね」
小さな声で、そう話しかけた。
そういえば、皇子もよく絵を描いていた。俺は見たことないけど、離宮の召使いが、女性の絵だったと噂していたのを聞いたことがある。まあ、それが本当かどうかは知らないが。
そのとき、ユリウス様が、小さく呻いた。
顔を覗き込むと、呼吸は浅く、どこか苦しげだ。
額にのせているタオルを取って、部屋の洗面台で洗い、ぎゅっと絞る。
もう一度額にのせ直してから、音を立てないよう気をつけて、静かにユリウス様の部屋をあとにした。
その直後、ユリウスは人の気配を感じてうっすら目を開けたが、そこには誰もいなかった。
額に乗った濡れタオルが冷たくて、ふうっと小さく息をつくと、また夢の世界へと戻っていった。




