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82 ユリウスの家出計画

「絶対。絶対、嫌だから。婚約なんて、しないからね!」


 僕は、丸一日、部屋にこもって抵抗した。食事もとらず、誰も入ってこれないように鍵をかけた。

 だって、どう考えたっておかしい。おかしすぎる。あんな乱暴で、口も悪くて、金属バットを振り回す女の人が、僕のお嫁さん? しかも、十歳も上なんだよ。どう考えても、相手は僕じゃない。


「僕なんかより、お兄ちゃんのほうが似合ってるよ。年も同じくらいだし。顔だって、お兄ちゃん、かっこいいし、頭もいいんだから。僕じゃなくて、お兄ちゃんが婚約すればいいんだ!」


 自分のベッドで布団にくるまり、ドアの向こうにいる両親に叫んだ。


「……リカルドは、駄目だったの。気に入られなかったの」


 お母さんのそんな声が返ってきて、僕は愕然とした。

 あのお兄ちゃんを気に入らない? 

 嘘だ。


 だって、ダンスの練習会に来ていた女の子たちは、みんなお兄ちゃんに夢中で、僕に手紙を渡してほしいだの、協力してほしいだのと言ってきた。

 お兄ちゃんに、そういうのは駄目だって言われていたから、ちゃんと断ったんだ。そうしたら、みんなで僕を取り囲んで、さんざん責めてきた。


 それで、いざダンスの練習が始まると、みんな知らん顔でダンスをしながら、僕の足をわざと踏んできたんだから。

 僕はそんな目にあってからというもの、ダンスが苦手に……ううん。嫌いになった。ダンスの曲を聞いただけで、あのときの足の痛みと、あの子たちの目を思い出すから。


 でも結局、お腹が空き過ぎて、僕のハンガーストライキは一日しか持たなかった。

 そのあと、何を言っても、泣きついても聞き入れてもらえず、悪夢の婚約式がどんどん近づいてくる。

 最後の頼みの綱だったお兄ちゃんに手紙を出したけど、「婚約、おめでとう」と書かれた手紙が返ってきて、僕は絶望した。


 こうなったらもう、家出しかない。婚約式をすっぽかせば、きっとみんな諦めてくれるはず!

 僕は抵抗をやめて、大人しく従う振りをした。その態度に、お父さんもお母さんもほっとしたみたいだ。そうだよね。本家のご当主様の命令なんて、逆らえるわけがないもの。


 僕は、お母さんに見つからないように、台所から食料を少しずつ集めた。貯めていたお小遣いも袋に入れて、リュックにしまった。

 家出決行の日、ブランにも荷物を半分背負ってもらって、夜中にこっそり家を抜け出した。


 夜の空気は冷たかった。街灯の明かりは薄暗く、耳元で聞こえる風の音が、なんとも不気味だった。僕が心細く思っているのを察したのか、ブランが「大丈夫だよ」と言うみたいに、僕の手をなめてくれた。


「ありがとう」

 僕はブランに抱きつき、ブランの温かさを感じて、だんだん落ち着いてきた。


 そのとき、足が地面からふわっと浮いた。僕の襟首をぐいっと引っぱられて、息が止まりそうになった。


「え、え、え」


 見知らぬ大きなお兄さんが、子猫の首をつまむように、僕の襟首をつかんでいた。


「おい、親父。本当に、このちびが、そうなのか? それにしても、夜中に家出とか、呆れた根性なしだぜ」


「だ、誰?」


 僕を見つめる琥珀色の瞳は、ハズレくじをひいたときみたいに不快な色を浮かべている。


「こら、失礼なことするな」


 もう一人いた大きな男の人が、僕をその手から引き剥がして、そっと地面に下ろしてくれた。

 足が地面について、僕はほっと息をついた。


「大変失礼しました、ユリウス様。痛いところはありませんか?」

「あ、はい。大丈夫です……あの、おじさんは、僕のことを知っているんですか?」


「はい。もちろんです」


 おじさんは、僕の目線に合わせるように、片膝をついた。季節外れの厚手のコートを着ていて、村では見たことのない格好だった。


「私は、ゲイル。あっちは、せがれのザックです。私たちは、(いにしえ)の約束に従い、チェザーレ一族の新しいご当主様にお仕えするため、やってきたんです」


 鼻から顎まで、たっぷりと髭を蓄えたおじさんが、にっこり笑って言った。



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