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81 恐怖のお茶会

 本家は、見晴らしのいい高台に建っている。

 こんな辺鄙な場所には不釣り合いなくらい大きなお屋敷で、きれいな薔薇が咲き乱れる庭園とガラス張りの温室があった。


 僕の家よりずっと大きくて立派なその家を見上げたら、胸がどきどきしてきた。

 このお屋敷には近づかないよう言われていたから、来たことがなかったし、制服を着た召使いがいる家を見るのも初めて。僕のうちには、村のおばさんが昼間だけ通いで来るけど、着ているのは普通の服だから。


 そんなことを考えていたら、自分の服が気になってきた。だって、今日の僕はおめかししている。ブレザーとズボンに、ネクタイまでつけている。ほんの少し大人になったみたいで、ちょっと誇らしい気持ちになっていた――このときまでは。


 お茶会には、僕のほかに、同じ年ごろの男の子が呼ばれていた。人数は、僕を入れて五人で、みんな知っている子だ。


 案内された部屋は、大きな石の暖炉があって、床一面にふかふかの赤い絨毯が敷かれていた。部屋の真ん中には丸テーブルがどんと置かれていて、そのまわりを、背もたれの高い椅子がきちんと並んでいる。

 その一つに座ったけれど、緊張していたせいで、最初はわからなかった。でも、少し落ち着いてまわりを見る余裕ができると、すぐに違和感に気がついた。


 本家のお茶会だというのに、友達のサムエルなんかは、髪がぼさぼさで、シャツにはソースが飛んだ染みがついている。他の子も、上は大きな水玉に、下がストライプという変な組み合わせの服。その隣は、袖のボタンが取れたシャツに、明らかにサイズが合っていない大きな服を着ている。もう一人は、セーターを前後ろ逆に着ている。


 何これ。どうして、みんな変な格好してるの。普通、お洒落してくるんじゃないの。

 僕は小声で、

「ねえ、サムエル」

 と話しかけようとしたら、壁際に控えていたメイドさんが「こほん」と咳をして、明らかに話をさせまいとするみたいに、じっとこちらを見てくる。


 僕は、状況の整理が追いつかなくて、頭の中がこんがらがった。そこへ、なんだか変な音が聞こえてきた。

 ギ……ギッ……ギギギッ。だんだん近づいてくる耳障りな音。たぶん、何かの金属が床と擦れている音だ。


 そのとき、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 僕以外の子が、一斉に下を向いた。青い顔をして。そんなのを見たら、僕も怖くなって、同じようにうつむく。

 金属バットを引きずりながら、誰かが入ってきた。隣に座るサムエルが、ひと目でわかるくらい震えている。


 な、なんなの。今日はお茶会じゃないの? ここは、チェザーレのご当主様が住む本家で、その本家には、チェザーレに奇跡をもたらした聖なる乙女がいるんじゃ――。


「あーあ。今回も、ハズレかあ」


 女の子の声がした。

 僕が、そおっと顔を上げると、目が合ってしまった。すごくきれいなエメラルドグリーンの瞳に、ふわふわのピンク色の髪。白いワンピースのウエストには、細いミントグリーンのリボンが結ばれていて、裾には小さなレースが並んでいる。足元の、リボンと同じ色のシューズが、ところどころ光っていた。

 年は、お兄ちゃんより、ちょっと下くらい。

 この人は、誰? どうして金属バットなんか持ってるの?


「あたしは、アウローラ・チェザーレ。あんたたちが崇め奉るチェザーレの秘宝、聖なる乙女よ」


 は? 今、この人、なんて言った。チェザーレの聖なる乙女って、言ったの? ……う、嘘だよね。

 僕の中の、神聖なイメージが、がらがらと音を立てて崩れていく。


 アウローラは暖炉を背に、みんなに金属バットを向けると、


「じゃあ、始めるわよ。あたしの婚約者選びを!」


 唖然とする僕の前で、アウローラは、そう高らかに宣言した。


「それにしても、何なのその格好は!」


 突然、ガンッという鈍い金属音が響いた。アウローラが、金属バットを床に叩きつけたのだ。


「このアウローラお茶会だっていうのに、普段着で来たっていうわけ? え?」


 アウローラは、ひとりひとりの顔を覗き込んでいく。その目は、ドラマで見た、肩が触れただけでいちゃもんをつけてくるチンピラみたいだった。

 な、何なの。怖いよー。家に帰りたい。迎えにきてよ、お母さん。僕は心の中で叫んだ。

 他の子も同じ気持ちらしく、みんな涙目になっていた。


 中には、泣き出す子もいて、それを見たアウローラは、さすがにまずいと思ったみたいで、口調が少しだけやわらかくなった。


「ま、まあ。お菓子を用意してあるんだから、とりあえず食べなさい。イルマ、お茶を出してあげて」


 そう言うと、アウローラは金属バットを肩に担いだまま、部屋から出て行った。

 な、なんだったんだ。

 お茶会って、もっとこう、優雅なものなんじゃないの。

 僕は、あっけにとられたまま、アウローラが出て行った扉を見つめた。


 お通夜みたいに静かだった僕らだけど、それまで窓際で置物みたいになっていたメイドのイルマさんが、お茶を出してくれた。

 はじめは固まっていたけれど、全員にお茶が配られると、サムエルがお皿に載ったタルトに手を伸ばした。それが合図になって、みんなでお菓子を頬張った。中には見たことのないお菓子があって、「それは王都で人気のお店のものなんですよ」と教えてくれた。


 チェザーレの聖なる乙女にはがっかりしたし、怖かったけれど、お茶会のお菓子は種類が豊富で、とってもおいしかった。サムエルや他の子も、気に入ったみたいだ。

 用意されたお菓子をすべて平らげ、お代わりのお茶も飲み終えると、お茶会は終了となった。


 みんなは、付き添いの家族がいる控え室に向かっていくけれど、僕だけは、イルマさんの案内で別の部屋へ連れて行かれた。

 重そうな扉が開くと、壁一面の書棚と重厚な額縁に入った肖像画が目に入った。大きな机の前には豪華なソファーが置かれ、そこにアウローラが腕を組んで座っていた。


 うわー。あの怖い女の人だー! 僕は、心の中で声にならない悲鳴をあげる。


「よく来たね。まずは、掛けなさい」


 アウローラの隣に座っていた男の人が僕に言った。

 その人は、チェザーレ一族の当主、アルノルドさんだった。僕だって、ご当主様の顔くらいは知っている。太い眉に、彫りの深い顔。ちょっと強面だけど、笑った顔はすごく優しそうだ。


「ほ、本日は、お招きいただき、ありがとうございました。お茶もお菓子も、すごくおいしかったです」


 僕は、緊張でがちがちになりながらも、お母さんに教わった言葉でお礼を言った。


「ほう。小さいのに、しっかりしているね」


 アルノルドさんは、目を細めながら、嬉しそうに頷いた。

 イルマさんは、立ったままの僕の背中をそっと押すと、静かに部屋を出て行った。

 僕は、促されるままソファーに腰を下ろして、二人に向き合った。


「君は、ロベルトの息子だったね。えっと……」

「ユリウスです」


「そう、ユリウス君だ。君のお父さんは、優れた治癒魔法の使い手だ。そのせいで家を空けることが多くて、申し訳ないね」

「いえ、そんな……」


 一族が使う治癒魔法は、国が管理していて、個人の依頼は原則禁止だ。治癒魔法が使えない医師や薬師の仕事を奪うことになるからだ。だから、治癒魔法を使うのは、国から依頼があったときだけで、主に地方へ派遣されることが多い。そういうところは、お医者さんがいなくて大変なんだって。

 僕が座ってからずっと、そっぽを向いていたアウローラが、突然口を開いた。


「……来月、やるから」


 え、今のって、僕に言ったの? でもやるって、何を? 僕が、少し緊張して待っていると、


「ユリウス君、急だけどね、来月、君とアウローラの婚約式を執り行うからね」


 アルノルドさんは、にこにこ笑いながら言った。

 僕は意味がわからなくて、すぐに反応できなかった。僕とあの怖い人が……なんだって? えっと、たしか、婚約式をって――そして、唐突に理解した。


「えええー!! な、なんで、どうして、どうして僕が、婚約だなんて!」


 僕は立ち上がって、腕を振り回しながら叫んだ。

 えっと、僕、まだ六歳なんですけど!


「大丈夫。君のご両親には、私がこれから伝えるからね。さ、一緒に行こうか」

「あ、あの。僕は」

「さあさあ」


 アルノルドさんに腕を取られて部屋を出ようとしたとき、背後から声がした。


「喜びなさい。このチェザーレの女神が、あんたみたいなガキと婚約してあげるんだからね」


 振り返った瞬間、傲慢で自信たっぷりなエメラルドグリーンの瞳と、目がかち合った。

 そして、驚いて固まる僕の前で、ゆっくりと扉が閉じた。




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