表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/81

73 ルルの赤い瞳

 翌朝。王都のとある屋敷にて――。

 本邸とは別に建つ、こじんまりとした二階建ての離れの玄関前で、メイド服をまとった少女が掃き掃除をしていた。

 離れの前には、小さな花壇と芝生の庭があり、朝の風に葉っぱがかすかに揺れている。


 その少女は、丸い耳と、くりっとした大きな目をした獣人だ。小柄で手足も少し短いせいか、幼く見られがちだが、実年齢は今年で二十歳になる。

 鼻歌を口ずさみ、そのリズムに合わせるように、リスのようにふっくらとした尻尾が楽しげに揺れている。


 そのとき、自分を呼ぶ声がして、少女はぱっと顔を上げる。

 いつの間にか、仕えているお嬢さまとその侍女が、庭先に立っていた。


「お嬢さまー。ルルせんぱーい! 会いたかったっすー」


 しばらく留守にしていたリリアーナとルルの姿を見つけて、少女は一目散に駆け出した。


「ただいま、ポーリン」

 リリアーナは、目の前までやってきたポーリンの手を取って、その場でくるりと回転させる。


「え?」と驚くポーリンを、そのふさふさの尻尾ごと、背後からぎゅっと抱きしめた。


「く、くすぐったいっす。お嬢さまー」

「だってえ、ポーリンの尻尾ふわふわで気持ちいいんだもん」

「そんことしてると、またルル先輩が焼きもち焼くっす」

「だーれが焼きもち焼くだ、こら」


 ルルがポーリンの頭を、ばしんと軽く叩く。


「いたっ……。ルル先輩はツンデレだから、お嬢さまがあたしの尻尾をぎゅっとすると、いっつも叩くじゃないっすか」


 涙目でポーリンが抗議すると、

「そうかあ?」

 ルルは頬をかきながら、わざとらしく違う方向を見る。


「でも、焼きもちっていうなら、あっちだろ」

「え?」


 ルルの指さした先へリリアーナが視線を向けると、目に涙をいっぱいにためたエリンが立っていた。

 まるで、恋人の浮気現場を目撃してしまったかのように、悲痛な顔で。


「ち、違うの。エリン、これは、ただの挨拶だから」

「にゃーーん(ぜったいうそ)」


 弁解するリリアーナの横を全速力で駆け抜け、エリンは家の中へと飛び込んでいった。


「待ってー、エリン」


 リリアーナがエリンを追いかけていってしまったので、庭にはルルとポーリンの二人だけが残された。


「どうだ。うちらがしばらく留守してたって、気づかれてないか?」

「大丈夫っす。でも、一度、お屋敷の坊ちゃまが、お嬢さまと遊びたいって、この離れに侵入しようとして……それを、護衛役の方が止めてくれて、事なきを得たんっす」

「そうか」


 坊ちゃんの護衛役……あの人がいたなら、大事にはなってないな。

 あの人が、あのままお嬢の護衛をしてくれていたら、よかったのに……。

 去ってしまった、かつての仲間のことを思い出して、ルルは小さくため息をついた。


「そうだ、ポーリン。今日の昼食会には、お前が同行しな」

「え、あたし? ルル先輩じゃないんすか?」

「大旦那様は、あたいのこと嫌っているからな。ついて行くと、お嬢が困ることになる」

「なーるほど。お嬢さまの立場が悪くならないよう気を利かすなんて、やっぱり、ルル先輩は、お嬢様ラブっすね」


 ポーリンが目をキラキラさせて言うので、またも頭をばしんと叩かれた。


「アホなこと言ってんじゃない。あたいは、お嬢に頼まれた買い出しに行ってくるから、あとはしっかり頼んだぞ」

「はいっす!」


 ポーリンがへたくそな敬礼をするので、ルルは思わず吹き出してしまった。


 ◆◆◆


 ルルは、一般エリアにある小さな商店街にやってきた。

 そこはダウンタウンに近いこともあり、様々な種族が店を構えている。コウモリ族のルルにとっては、自分の瞳を気にせず買い物ができる、気楽な場所だった。


 通りには、おいしいと評判の焼き菓子の店や、魔法関連の書籍が充実した本屋、反対に恋愛小説しかない本屋など、店主の個性が光る店が多い。そのなかでも、ハンドメイド好きが集う小さな手芸店は、ルルのお気に入りだ。


 エマに作ると約束したドレッサーの材料を買うため、ルルは手芸店に入った。店の一角で編み物のワークショップが開かれていて、店内はいつも以上ににぎやかだった。

 必要な物を素早く選んでレジへ向かう。顔なじみの店主に「あら、ルルちゃん、久し振りねえ。最近、顔見ないから心配してたのよ」と声をかけられたので、当たり障りのない近況だけ話してから店を出た。


「えっと、お嬢に頼まれたのは……」


 リリアーナから渡された小さな紙に視線を落とす。そこには、お菓子と紅茶の名前が書いてある。どれもルルとポーリンが好きなものばかりだ。

 まったく、お人よしなんだよ、リリアーナは。自分の欲しいものは後回しで、使用人の好きな物を頼むなんてさ。


 ルルがメモから顔を上げたそのとき、前から歩いてきた男性とぶつかった。

 相手は大量の本を抱えていたせいでルルに気がつかず、腕の中の本を辺り一面にぶちまけてしまう。


「わ、わわっ。大切な本が」


 慌てる男性を手伝って、ルルもしゃがんで本を拾う。


「ぶつかってしまい、すみませんでした」


 ルルが少しかしこまった声で本を手渡したが、返事はない。

 男性は、本を受け取ったまま、じっとルルを見つめている。


 まあ、あたいの目はコウモリ族の中でも珍しくて、瞳孔がちょっと赤い。

 だとしても、見すぎだろ、こいつ。


「では、失礼します」


 一応そう声をかけてから、ルルはさっさとその場を立ち去った。

 どんくさそうな男だね。文官服を着てたから頭はいいんだろうけど、あれじゃ出世は無理だな。


 通行人は、歩道の真ん中で立ったまま微動だにしない男性を、あからさまに邪魔そうな目で見ながら通り過ぎていく。

 そこへ、スーツを着た白髪の老人がやって来た。


「お待たせしました、坊ちゃま。車はすぐそこに――坊ちゃま?」

「あ、ああ。ヨアヒムか」


 まるで夢から覚めたような顔で、マックスが目を瞬かせる。

 ヨアヒムの後ろにいた運転手がマックスから本を受け取り、三人は車へ向かった。

 車が走り出し、ヨアヒムがあれこれと話しかけるが、マックスの耳には入らない。


 あの女性の、あの目。綺麗だった。あんな印象的な目、見たことがない。

 まるで磁石で引き寄せられたみたいに、目が離せなかった……。

 車窓の外を流れていく景色を眺めながら、マックスは心の中でつぶやいた。

 また、彼女に会えるだろうか。


 名門オステルマン家の嫡男にして、周囲から魔方陣の天才と呼ばれる彼が、初めて一人の女性に強く心を奪われた瞬間だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ