71 コディの秘密
杉咲家のマンションでは、ようやく機嫌を直したエリンを抱っこしたリリアーナが、「おやすみ、ルル」と声をかけ、自分の部屋へ引き上げていったところだ。
ひとりになったルルは、「さて、そろそろやるかな」と小さく呟き、自分の部屋へ向かう。室内に入ると、邪魔が入らないように鍵をかける。
机の上には、精巧なミニチュアのドールハウスが置かれている。その小さな玄関のドアを、コンコンと優しく叩き、
「エマ、ちょっといいかい」と声をかけた。
きぃ、と小さなドアが開き、中からエマが姿を現した。
ルルの部屋のドールハウスは、エマのためにルルが手作りした小さな家だ。壁や屋根の色も部屋のつくりも、できるかぎりエマの希望どおりにしてある。空間魔法がかかった家の中は、見た目よりもずっと広い。
家具はまだ少なくて、エマの働きぶりに合わせて、ルルが少しずつ増やしていくことになっている。
「休憩してるところ悪いけど、あいつに聞きたいことがあるんだ。ちょっと呼び出してくれるか?」
ルルがそう言うと、エマは小さく頷いた。
机の前に座って待つこと、およそ一分。
ドールハウスの前に、エマとは違うクッキーもどき――もといエイドスが、音もなく姿を現した。
「お、早かったな、あっちの家には、気づかれるようなへまはしてないよな」
その言葉に、頷いたのは、拓海にくっついているコディだった。
「確認したいことがあって呼んだんだ。今日、リリアーナが皇子の家に行ったけど、身元がバレるような情報は渡してないだろうな?」
ルルの問いかけに、コディはためらいがちに、こくんと頷く。
その反応に、ルルの目が探るように細くなる。
「まさか、一緒に暮らしてるからって、情が移ったんじゃないだろうね」
ルルの一言に、コディはそわそわと落ち着かなくなった。
ルルは、はあーっと大きくため息をつくと、ドールハウスのドアをぱたんと開けて、中からエマを引っ張り出した。
「おい。術者のあたいを裏切るような真似をしたら、お前の妹がどうなるか……分かるよな?」
縄で縛られ、身動き一つ取れないエマが、大粒の涙を浮かべてコディを見上げる。その様子を見たコディは、全身を小刻みに震わせながら、きっとルルをにらみつけた。
「あ? 妹に何かしたら、許さない? あー、はい、はい。お前さんが言われたことをちゃんとするなら、エマを傷つけるようなことはしないさ……だから、いいか。あっちの家の情報収集と、リリアーナの情報を遮断すること。その二つは、忘れるなよ」
思わず抗議をしようとしたコディの前に、エマが立ちふさがり、ふるふると首を振る。自分のために、やめてと言わんばかりの、必死な姿だった。
「ほらほら、お前の妹もこう言ってんだ、しっかり仕事しろよ」
コディは一瞬、ルルにきつい視線を向けるが、エマの肩にそっと手を置き、互いの目を見て小さく頷くと、闇の中へと消えていった。
「……どうだ。もう、コディは帰ったか?」
ルルが尋ねると、エマが頷いた。
「悪かったな、縛って。痛くなかったか?」
ルルがエマの縄を丁寧にほどいてやる。
「あ、大丈夫? なら、よかった。それにしても、演技うまかったぞ、エマ。コディのやつ、すっかり騙されてさ。でも、ちょっとやり過ぎたかな?」
ルルがエマをのぞき込むと、エマは顔を横に振る。
「え、兄ちゃんはお調子者だから、これくらいプレッシャーを与えとかないと、まともに働かない? あー、それは、あるかもな。それにしても、ほんと、男どもの尻を叩かなきゃいけないなんて、こっちは大変だよな」
ルルとエマは顔を見合わせて、小さく笑った。
「そうだ。今日のご褒美に、前からお願いされてたドレッサーを作ってやるからな」
その言葉を聞いて、エマが嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「よしよし、あんまり騒ぐと寝られなくなるぞ。明日も、お嬢にくっついて、学校に行くんだからな」
ルルがドールハウスのドアを開けてやると、エマが中へと入っていく。
階段を上り、大きな窓のある部屋で、エマはベッドにもぐりこむ。
近いうちに届くドレッサーを夢見ながら、そっと目を閉じた。




