68 美味しい紅茶
「すみません。ゼリーがなくて」
ザックがどこか申し訳なさそうに言いながら、台所にあった桃の缶詰をガラスの器に移して、テーブルに置く。
ゼリーがないのに気づいたとき、俺は本気でコンビニまで走るつもりだった。
そこをザックに止められて、買ってくるまで待たせるより、家にあるもので出した方がいいって、さらっと代わりの案まで出してくれたんだ。
なんだかんだで、本当にいつも助けられてる。
「大丈夫です。ゼリーが食べられるか聞かれただけで、どうしても食べたかったわけじゃないですから」
そうは言うけど、俺の正面に座っているこの子は、どう見ても機嫌が悪い。さっきからずっと、こっちを見る目がとげとげしい。
それも無理はないか。メインのとんかつはほとんど手をつけていないし、あると思っていたゼリーがなかったんだから。とは言え、それを差し引いても、さすがに当たりがきつい気がする。おまけに――。
「……先輩、せっかく来てもらったのに、ごめんなさい。いつもはこんなんじゃないんです。さっくり揚がったおいしいとんかつを出すはずだったのに、先輩に食べてもらえなくて、めちゃくちゃ残念で」
肝心の拓海が、この調子だ。俺のフォローをするどころか、一緒になって責めてくる。
「本当に、すみません。ユリウスさ――。ユリウス君は、おっちょこちょいなんで、俺に免じて許してやってください」
そして、ザックもあっさり相手側についた。俺は今、この場面で完全にアウェイなのだ。
ふふ。落ち込んでるわね。
きっと、拓海君が助けてくれないって、内心では思っているんでしょうね。
それは当たり前よ。そうならないように、最初に手を打っておいたんだから。
リリアーナは、嶌村家を訪ねる前に、これからやることについて事前説明しておいたのだ。
「ねえ、拓海君。孝太君って、拓海君の家に住んでいる人のことを、気にしていたのよね」
「あ、はい。いきなり外国の人と同居だなんて大丈夫か心配して、その人たちのことチェックしてやるって言ってたんです」
「なるほど……ねえ、それ、あたしが代わりにやってあげましょうか」
「え、先輩がですか?」
「そうよ。拓海君が快適に暮らせているのか。同居人はまともな人たちなのか、あたしがちゃんとチェックしてあげる。だからね――」
あたしは、拓海君の両手を取って、ぎゅっと握った。
「わ、わ、わ」
「チェックするために、わざときつい言葉を使ったり、感じの悪い態度を取ることもあると思うけど、それはね、ぜーーんぶ、拓海君のためなの。だから、いつもと違うあたしの態度は、スルーしてね。わかったかな?」
「は、はひ。わ、わかりました」
ふっ。まーた噛んでる。
そんなやり取りを思い出しているとき、リリアーナはふとユリウスと目が合った。
少し元気のなかったユリウスが、無理やり作り笑いを浮かべて口を開く。
「杉咲さんの家は、どの辺りですか?」
「駅のほうです」
たった一言。それも、突き放すみたいにそっけない言い方だった。
「あ、そうですか……ご家族と一緒に住んでるんですか?」
「あの、家族以外、誰と暮らしていると?」
「い、いえ。……そういうつもりじゃなくて。その……じゃあ、学校の勉強は、何が好きですか?」
「勉強? ……中学校の勉強に、興味があるんですか」
「いえ、そういうわけでは……」
いかにも面倒くさそうな声音に、ユリウスは口をつぐんだ。
なんだ、世間話の選び方を間違えているのか。どうにも話が弾まない。
「えっと、ユリウスさんは僕の勉強を見てくれるので、それで興味があって聞いたんだと思います」
さすがに俺のことを気の毒に思ったのか、拓海が割って入ってくれた。
「そうだ、ユリウスさ――君。食後の飲み物を淹れてあげたらどうかな?」
ザックがそんなこと言い出した。なんだ? ザックの目が、何かを訴えている。
俺はその意図に気づいて、
「料理は失敗しちゃいましたが、コーヒーを淹れるのは得意なんです。良かったら――」
「コーヒーは苦くて飲めません」
「あの、僕も別のもののほうが……」
拓海と杉咲の二人に、秒で断られて、俺はあっさりと撃沈した。
そのとき、杉咲が意外な提案をしてきた。
「拓海君。今夜の食事のお礼に、あたしが紅茶を淹れてもいい?」
「え、先輩がですか?」
「うん。これでも、紅茶を淹れるのは得意なの」
「わあ。ぜひ飲んでみたいです」
「茶葉ってある?」
「はい。おばあちゃんもよく淹れてたので。僕も手伝います」
こうして、杉咲と拓海による食後の紅茶づくりが始まった。
拓海が湯を沸かし、杉咲が温めたポットに、ティースプーンで茶葉を入れている。
「ほら、ちゃんと人数分の茶葉を、ティースプーンで量ってますよ」
ザックが、俺にこそっと言ってきた。
「それがなんだよ」
「いえ、目分量を過信しすぎるのは、どうかなと思っただけですよ」
「ほっとけ」
俺とザックがそんなことを話しているうちに、紅茶が運ばれてきた。
「どうぞ」
「ありが――」
「毒は入れてませんから、安心して飲めますよ」
俺のカップを置くとき、杉咲にそう言われた。
なんだろう。俺、そんなに悪いことしちゃったのかな……。
カップを覗き込むと、なるほど、得意というだけあって、澄んだきれいな水色をしている。
「わあ、美味しいです」
「ほんとだ、雑味もないし。これ、すごく美味しいですよ」
先に紅茶を飲んだ拓海とザックが、感嘆の声を上げている。
どれ、俺も飲んでみるか。
一口、確かめるように味わった。……う、うん?
俺が思わず眉をひそめると、杉咲と目が合った。
そして、その口元がゆっくりとほころぶ。
「あら、どうしました。やっぱり毒でも入ってましたか?」
「いえ……その、なんていうか」
「ユリウスさん。先輩の紅茶、すっごく美味しいですよね」
「ほら、遠慮してないで、ユリウス、君も飲まないと」
二人に勧められ、俺は正直な感想は言えないと悟り、なんとか目の前の紅茶を飲み干した。
ちょっと塩辛い紅茶を。




