65 後ろにいたのは
今日、孝太君は朝から機嫌が良かった。いつ遊びに行けるのかって、会うたびに聞かれていて、僕もちょっと困っていたんだ。
でも、ついにその日がやってきた。孝太君をもてなすために、あのユリウスさんが夕ご飯を作ってくれるなんて、正直、僕自身も楽しみで仕方ない。
そして、やってきた終礼の時間。
いつものように先生が、朝預かった携帯を返してくれたんだけど、そのとき気になることを孝太君に言った。
「お母さんから電話があってね。学校が終わったら、すぐに連絡がほしいそうなの。ちょっと急ぎみたいだから、校門を出たら早めに家に連絡してあげてね」
そう告げられて、孝太君は首をかしげていた。
そして、僕と孝太君は急いで学校を出て、校門から少し離れた電柱のところで電話をかけることにした。
「あ、母さん。何、急用? 俺、これから拓海の家に――えっ! マジ? 父さん、帰ってるの? うん。うん。あー。うん。わかった。急いで帰るわ」
孝太君が携帯を切ったところで、僕は駆け寄った。話を聞いちゃ悪いなと思って、少し離れて待っていたんだ。
「どうだった? 何かあったの?」
「あー、実は、父さんが帰って来たんだって」
「え、おじさんが!」
「そう。それでさ……拓海には悪いんだけど、これから家族会議があって、俺も参加しないといけなくなったんだ」
いつも元気な孝太君が、すごく申し訳なさそうに僕を見る。
「そっか。そういう事情なら仕方ないよ。うちでご飯を食べるのは、またの機会にしよう」
「ほんと悪い。ごめんな、拓海」
孝太君は僕に拝むように手を合わせると、そのまま走って行ってしまった。
僕はその背中を見送りながら、ユリウスさんになんて言おうかと考えた。
朝の様子だと、きっと張り切って準備してるはずだ。
だけど、しょうがない。孝太君のお父さんって、ちょっと変わっていて、お店は孝太君のお母さんとおばあちゃんに任せきりなんだ。
本人は「自分探しの旅」とか言って、ふらっとどこかへ行っちゃう人だから、帰ってきたら全員でお説教するんだろうな。
「でも、本当になんて言おう……」
僕の口から、ぽつりとそんな言葉が漏れた時、誰かに背中を叩かれた。
◇◇◇
「すみません。遅くなりました!」
ザックは焦った様子で台所へ入ってきた。走って来たのか、額には玉の汗を浮かべている。
「お帰り、ザック」
コンロの前に立つユリウスが、顔だけ向けて言った。ザックとは違うエプロンを着ている。片手には菜箸を持ち、鍋いっぱいの油の中で、とんかつがじゅうっと音を立てている。
「病院で、何かあったのか?」
「初音さんと、そのお友達と話し込んじゃって、帰る時間を過ぎちゃったんです。すみません。俺も今から手伝います」
ザックが、壁に掛かっている愛用のエプロンに手を伸ばす。
「あ、そのままでいいぞ。もう出来上がるから」
ユリウスは、揚げたてのとんかつをキッチンペーパーを敷いた皿の上に乗せた。
「あー、駄目ですよ。キッチンペーパー使っちゃ」
「え、でも、余計な油を取ったほうがいいだろ」
「とんかつは、さくっとしたほうが美味しいから、バットを使って油を切るんです」とザックが言っていると、玄関で呼び鈴が鳴った。
ユリウスとザックが、顔を見合わせた。
「着いたようだな」
二人は拓海と孝太君を出迎えようと、玄関に向かう。
そこには、なんだかやたらと顔が赤い拓海と、その後ろにもう一人。
あれ、友達の孝太君を連れてくるんじゃなかったのか。
拓海の後ろに立つセーラー服姿の子に、ユリウスは訝しげな視線を向ける。
「あ、あの、孝太君がおうちの用事で来られなくなったので、その代わりっていうか、あ、違う、違う。代わりじゃなくて、スペシャルゲストっていうことで、あの、ぜひにってお願いして、その、特別にうちに来てもらったんです」
言っていることはさっぱり要領を得ないが、要するに、急用で来られなくなった孝太君の代わりに、この子が来たということらしい。
困惑しているユリウスに向かって、すっとセーラー服の女の子が前に進み出た。
「初めまして。お招きありがとうございます。拓海君と同じ部活動に所属しています、杉咲と言います。今夜はよろしくお願いします」
そう言って、杉咲先輩はにっこりと笑った。




