61 ザックの説教タイム
「いくらなんでも、やり過ぎです!」
「そうは言うが、荒療治でもしないと先に進めない」
「その荒療治だって役に立たなかったんでしょう! こういうのはやめてください。寿命が縮みます!」
僕は、ぼんやりと、誰かが言い合っている声を聞いていた。
「気がつきましたか、拓海様!」
ユリウスさんが、僕の顔をのぞき込んだ。
「良かった、目を覚まして」
涙目のザックさんの声が震えている。
「あ……僕は、いったい……」
まだぼうっとしているせいか、僕の目は半分くらいしか開かない。
それでも、意識が戻ったことに、ユリウスさんは安堵したように息を吐いた。
「崖から落ちたショックで、気絶されたのです」
「は! そうだ。僕、崖から落ちて」
僕は、寝ていたベッドから、がばっと上半身を起こした。
「あ、あれ? なんともない?」
「落下の途中で、私が受け止めました。なので、拓海様の体に傷がつくようなことはありません」
「そうなんですね……ありがとう、ユリウスさん」
「いいえ。とんでも――イテッ」
ザックさんがユリウスさんの頭を叩いた。スパコーンと音がしそうな、キレのある腕の動きだった。
「お礼なんていいんですよ、拓海様。今回はユリウス様が悪いんです。怪我がなくて、本当に良かった」
鼻息荒く、ザックさんが言う。
「おい。だからって、叩くことないだろう……」
狼族であるザックさんの一撃は、かなり威力があったようで、ユリウスさんが頭を押さえてうめいている。
「拓海様の代わりに、俺が反省を促したんです。拓海様、これでどうかユリウス様を許してやってください」
ザックさんがユリウスさんの頭をつかみ、ぐっと下げさせた。
「ほら、ユリウス様も、ちゃんと謝って」
「わかった、わかったから……。拓海様、先走って怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。二度とこのようなことはしません」
二人のやり取りを見ていた僕は、我慢できなくなって、声をあげて笑い出した。
「わ、拓海様が変になっちゃった!」と、ザックさんが慌てる。
「あはは。違いますよ。二人に初めて会った時のことを思い出してたんです」
「初めて会った時のことですか?」
戸惑ったように、ユリウスさんが顔を上げて僕を見る。
「そう。ぽん介を咥えてきたザックさんを、ユリウスさんが叱ってましたよね。でも今日は、その逆パターンだから、なんだかおかしくて」
楽しそうに言う僕に、ユリウスさんとザックさんが顔を見合わせる。
「確かに」「ほんと逆ですね」と、二人の声が揃った。
「まあ、ユリウス様も、今でこそ「出来る男」みたいな顔をしてますが、昔はぜーんぜん、そうじゃなかったんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。すぐ泣くし、怖いときには俺の後ろに隠れるし」
「へえー」
「おい。そんな昔のことを、今ここで話す必要ないだろう!」
ユリウスさんが、顔を赤くして抗議する。
「何を言ってるんです。調子に乗ってやり過ぎるのは、昔からの悪い癖なんですよ」
「調子に乗るって、あのなあ――」
昔話で盛り上がるユリウスさんとザックさんを眺めていたら、ふとあることを思い出して、僕は布団をぎゅっと握りしめた。
僕が崖から落ちていったとき、ユリウスさんは、ぞっとするほど無表情だった。
まるで、僕がどうなっても構わないと言っているような目だった。
……違う。あれは、翼が出るか確かめるために、あえて感情を押さえていただけ。
そうだよ。きっと、そうだ。その証拠に、ちゃんと受け止めてくれたんだから。
僕が黙り込んでいると、ユリウスさんが「拓海様、何か飲みますか?」と声をかけてくれた。
「あ、じゃあ、お水がいいです」
「わかりました」
「ユリウス様。俺が持ってきますよ」
「いや、ザックは拓海様のそばにいてくれ」
そう言い残して、ユリウスさんは部屋を出ていった。
「拓海様。今日はゆっくり休んでくださいね」
「あ、はい……」
「なんだったら、寝る時に俺が子守歌を歌いますから」
「えっと、それはちょっと……間に合ってるっていうか」
うっ。こんなふうににこにこして言われたら、断りづらいよ。
「もう、子供が遠慮なんてしなくていいんですよ。ユリウス様も小さい頃、俺が寝かしつけで歌ってたんですから」
「え! それ、本当ですか?」
そのとき、ばん、と勢いよくドアが開いて、ユリウスさんが戻って来た。
「ザック。俺がいないからって、拓海様に妙なことを吹き込むな!」
「えー、もう。照れることないのに。そうだ、久しぶりに今夜、ユリウス様の枕元で子守歌をきかせましょうか?」
「……それだけは勘弁してくれ。お前、俺はいらないって言っても強引に歌ってたけど……声はでかいし、音程も微妙だし、歌詞はなぜか戦いの歌で、『敵をやっつけろ』とか叫んでるし……お前の子守歌を聞くと、かえって眠れなくなるんだよ」
本当にげっそりした顔でユリウスさんが言うので、僕は涙が出るほど笑ってしまった。
そのおかげで、僕の胸をちくりと刺した暗い記憶は、いつの間にか溶けてなくなっていた。




