55 嫌われ者のルル(前)
「ちょっとあんた、まだ終わらないの? 他にも仕事なんか山ほどあるんだから、さっさと済ませなさいよ」
玄関先の石畳を掃いているあたいに、ハウスメイドのおばさんが目を吊り上げて、文句を言ってきた。
「あー、ただいま全力でやっておりまーす。もう少々お待ちくださーい」
あたいのそのふざけた調子が気に障ったのか、
「こんな素性も分からない浮浪児を雇うだなんて、奥様も一体何を考えてるんだかね」
おばさんは顔をゆがめて吐き捨てると、どすどすと重い足音を響かせて家の中に入って行った。
あたいは、その背中に向かって、べーっと舌を出してやる。
ふん。誰が好き好んで、浮浪児なんかやってるっつーの。
あたいの名前はルル、年は十二歳。
ここよりずっと北にある小さな村で母親と暮らしてた。父親のことは知らない。
ある日、アル中の母親が連れ込んだ男に襲われかけて、あたいは家を飛び出した。
どうせ家にいたって、ろくに飯は食えないし、学校に行く金なんてあるはずもない。そんな生活には、とっくの昔に愛想を尽かしていた。
歩いて、歩いて。へとへとになりながら、ようやくたどり着いたのが、王都のすぐそばにあるこの街。
新天地だ、と浮かれていたのは最初だけ。甘かった。
親に捨てられた子供を使って悪さをしている連中に目をつけられ、あたいももれなく、その一味にされた。
まあ、最初のうちはまだマシだった。
飯は食えるし、粗末とはいえ雨風しのげる寝床もある。
でも、薄汚れてつぎはぎだらけのぼろ服から、少しはマシな身なりになって、湯で垢を落とした頃からだ。
男たちの目つきが、あからさまに変わり始めた。
やたらベタベタ触ってくる奴がいて、親方が見せしめだと言って、そいつに焼きを入れた。
その時は、「意外といいとこあるじゃん」とか思った。
けど、違った。
あたいを気に入ったどこぞの変態親父と、裏で話をつけていただけだった。
近いうちに、あたいをその男に売るつもりで、交渉の真っ最中だったらしい。
くそ、ふざけやがって。
逃げるしかないと決めたあたいは、まずは当座の軍資金を調達することにした。
一発で金になりそうな獲物を探していた時、市場で、やけに身なりのいい女を見つけた。こういう場所は不慣れなのか、少し歩いては立ち止まり、熱心に商品を眺めている。
女は、真珠の飾りがついたバッグを持っていた。一目でわかる高級品だ。
狙いを定め、そいつのバッグをひったくると、あたいは全力で駆け出した。
女は追ってこない。なんだよ、楽勝じゃん、と思っていたら、後ろから首根っこをつかまれた。
女には、護衛がついていたんだ。
あーあ。やっちまった。
これで役所に突き出されて、強制労働か孤児院送りってとこだな。そう観念したのに、話はなぜか予想の斜め上に進んだ。あたいは、役所に突き出される代わりに、その女の屋敷で働くことになったのだ。
「くっそ、いくら掃いたって、あめあられみたいに葉っぱが降ってくる。こんなの、いくらやったって、無駄じゃないか」
あたいは庭の大きな木をにらみつけてから、玄関の階段にどさりと腰を下ろした。
「たいしたものね、ルル。すっかり訛りも抜けて、きれいに話せるようになったじゃない」
顔を上げると、あたいが着るメイド服より格上の、品のいい制服の女が立っていた。
「アマンダさん」
奥様付き侍女のアマンダだった。
「ふん。あたいは、訛りを馬鹿にされるのに飽きただけだよ」
「そう。それはいい心掛けだけど、『あたい』って言うのは直らないのね」
「いいだろ、そんなの。癖なんだからさ」
そのとき、ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。
「ねーね!」
「ぐふっ」
いきなり三歳児に飛びつかれて、変な声が出た。
「おい、離れろって」
あたいは胸にしがみついてきた子供を、ぐいっと引き剥がした。
小さな手が名残惜しそうに、あたいのエプロンを掴む。
ふわふわのピンク色の髪のこの子は、この家の一人娘だ。やたらあたいにくっついてくる、面倒なやつでもある。
「ねーね。もう、お仕事おわった? リリとあそべる?」
「おい、いつも言ってんだろ、あたいは姉ちゃんじゃない。『ねーね』って呼ぶのは、やめろ」
「えー、お母さんいってたよ。ルルは、リリのねーねだよって」
あたいは内心で頭を抱えた。
あの奥様、やっぱ頭のねじがゆるんでんじゃないのか?
あたいみたいなどこの馬の骨とも知れないのを、姉と呼ばせるなんてさ。
「あー、こほん。あたいは、まだ仕事中なんだ。他のやつと遊んでこい」
「えー、やだ。ねーねがいい」
「あのなあ……」
「ここはいいから、リリアーナ様のお相手をしてあげなさい」
「えっ」
「いこ。ねーね」
リリアーナにぐいっと手を引っ張られ、あたいはそのまま奴の部屋へと連行される。許可を出したアマンダを、恨めしそうに睨みつけながら。
「なにする? ぬいぐるみ? つみき? おえかき?」
可愛らしいレースがふんだんにあしらわれた天蓋付きのベッドがどんと構える部屋で、リリアーナが次々とおもちゃを持ってくる。
あたいは十二歳。こんなぬいぐるみで遊ぶ年じゃない。
「おい、もう持ってこなくても――」
声をかけようとしたが、遅かった。
リリアーナはおもちゃ箱をひっくり返し、中身を片っ端から運んでくる。
気がつけば、あたいの目の前には玩具の小さな壁が築かれていた。
そのとき、ぴんと閃いた。
「なあ、たまには、違うことしよう」
「ちがうこと? なにするの?」
「それは――」
首をかしげるリリアーナの耳元に、あたいはそっと口を寄せて囁いた。
あたいは堅苦しいメイド服を脱ぎ捨て、タンクトップと膝上丈のショートパンツで、ふかふかのベッドに寝転がる。
他の召使いから拝借してきたファッション誌をぱらぱらとめくっていると、廊下からワゴンを転がすガラガラという音が近づいてきた。
ドアが開き、
「おまたせしました。おじょうさま」
いろんなお菓子を山ほど載せた重いワゴンを、リリアーナがなんとか押しながら部屋に入ってくる。
「おやつは、ちゃんと持ってきたか?」
「はいっ。おじょうさま」
「どれどれ」
雑誌をベッドの脇に放り出し、あたいが半身を起こしたその時、入り口のところに立っているアマンダと、ばっちり目が合う。
……やば!
「なにやってるの、ルル!」
結局、リリアーナが持ってきたおやつは没収されてしまった。




