47 明日の朝飯は
「はーい、落ち着いて。秘書官は常に冷静沈着。一歩先を行く目を養わなきゃ駄目って、いつも言ってるよね?」
「「「「ビクトールさん!」」」」
第二から第五までの秘書官たちの声が揃った。
「わあ。ビクトールさん、いつ視察から戻って来たんですか?」
第五秘書官のキャロルが、きゃぴきゃぴしながら近寄るが、「はい、あなたは仕事するぅ」とサンドラに引っ張られていく。
涙目で去って行くキャロルに、ビクトールは手を振ってやる。
あー、面倒くさい人が帰って来た。ユリウスがそう内心思っていると、
「悪いんだけどね、モーリス。車に、みんなへのお土産を置いて来ちゃったから、取って来てくれないか」
「で、でも、自分は仕事が……」
「皆に、視察での楽しい話もしたいんだ。だから、お願い、モーリス君」
ビクトールはモーリスにぐっと顔を寄せ、笑顔で反論をシャットアウトする。
モーリスが渋々部屋を出て行くと、空いた席にビクトールが腰を下ろした。
「いやあ、王都に戻ったばっかりだっていうのに、何かトラブルぅ?」
「それが――」
アンドリューの説明を一通り聞いて、ビクトールはふむふむと頷く。
「それは、すまなかったね。ユ・リ・ウ・ス君」
「あ、はい……いえ」
にこにこと、少年のように屈託のない笑顔を向けられて、ユリウスは沈黙する。
俺はこの人、苦手だ。
「さあ、ブルターク地方で人気のクッキーだよ。食べて食べて」
ビクトールは菓子の入った箱を、テーブルに置く。
「あれ、お土産は車に置いて来たんじゃ?」と、アンドリューが聞く。
「あー、それ僕の勘違い。モーリス君に無駄骨させちゃうね」
けらけら笑うビクトールに、ユリウスは内心でため息をつく。
「ユリウス、君が腹を立てるのもわかる。大事な授業に、水を差したんだからね。今後、こういう事が起きないように、ちゃーんと目を光らせておくよ。僕――じゃなくて、アンドリューがね」
「え、自分がですか?」
「そうそう。君が責任の所在をはっきりさせなかったのが原因だよ。サンドラに任せたからとか、モーリスが勝手にやったからとか、そんなのは全部言い訳。わかるよね、アンドリュー」
さっきまでの陽気さから一変して、鷹のように鋭い目を向けられ、アンドリューがごくりと唾を飲み込んだ。
「だから今後、『例の方』への教材の手配はサンドラ。配送手続きはキャロル。そして最終確認はアンドリューにしよう。はい、これで責任の所在もすっきり。それでいいね」
「「「はい、承知しました」」」
三人の声が揃った。
さすが、第一秘書官。
ユリウスが感心していると、にやにや顔を向けてきた。
「で、ユリウス。人間界どう? 彼女できそう?」
何でそこで、そういう話になる?
あー、やっぱり。この人、苦手だ……。
「では、私はこれで失礼します」
「えー、クッキーたくさんあるから、食べていきなよ」
ビクトールが引き留めるが、
「いえ。授業がありますので」
ユリウスも余所行きの笑顔で答え、立ち上がった。
「じゃあ、キャロル。モーリスと鉢合わせないよう、外まで案内してあげて」
「いえ、その必要は――」
ユリウスは慌てて断ろうとするが、
「いいから、いいから」
ビクトールに押し切られ、ユリウスはキャロルと一緒に秘書官室を出ることになった。
「ねえねえ、ユリウスさん。『例の方』って、どんな感じなの?」
誰もいない廊下を歩いている時、キャロルが体を寄せて聞いてきた。
キャロルは完全にオジ専で、ユリウスやアンドリューみたいな若い男性に興味がない。だから、こうやって近寄られても、ユリウスも特に気にしない。
「それは――内緒です」
「えー。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃないですか」
「守秘義務がありますから――あ、でも。キャロルさんが送ってくれたエイドスのこと、とても気に入ったみたいです」
「エイドス? それ、何の話――」
そのとき、静かな廊下に大声が響いた。
「ユリウスーーーーー!!!!」
「ジェフリーじゃないか。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「俺、俺……宿舎を追い出されちゃって、うっうっ。このままじゃあ、クビだって言われて、どうしたらいい? なあ、俺、どうしたらいい?」
半狂乱で縋りついてくるジェフリーを受けとめながら、ユリウスはキャロルに向き直る。
「キャロルさん。ちょっと彼の話を聞かないといけないので、ここで失礼します」
「はい。では、お気をつけて」
泣いているジェフリーを支えながら去って行くユリウスの背中を、キャロルは見送った。
仲は良さそうに見えるけど、あの人が現れたとき、確か『げ、ジェフリー』って聞こえた気がする。
それとユリウスさん、さっきエイドスを送ったとか何とか言ってたけど、誰かと勘違いしてないかな。私、そんなの送った覚えないんだけど。
そんなことを考えていると、どたばたと足音が聞こえてきた。
「キャロル。どこを探しても、お土産がないんだ」
振り返ると、青い顔をしたモーリスだった。
「あー、ビクトールさんの勘違いみたいですから、大丈夫ですよ。さ、戻りましょう」
キャロルは、驚いて固まるモーリスの背中を押して、さっき来たばかりの廊下を引き返していった。
◇◇◇
「じゃあ、歴史の本の件は終わったんですね?」
俺が聞くと、ユリウス様は「ああ」と頷いた。
ほっとしたようにお茶を飲むユリウス様に、俺は、今まで黙っていた言葉を口にする。
「そっちが片付いたのなら、明日からは通常運転に戻りますよね?」
「………………」
「ユリウス様がそっけないって、気にしてたんですよ、拓海様」
「そうか……」
「相手は子供なんです。不安にさせちゃ、可哀想です」
「……そうだな。ザックの言う通りだ……すまない」
「俺に謝る必要はないですよ。それより、お風呂入っちゃってください。食器は俺が洗っておきますから」
「ああ。そうさせてもらう」
ユリウス様は、ゆっくりと立ち上がった。台所から出ようとして、ふと足を止める。
「なあ、聞かないのか?」
「何をです?」
「俺が……よそよそしかった理由」
「話したいんですか?」
「え、いや。別に……でも、普通、聞くだろ」
「話したかったら聞きますが――その必要はないみたいだから」
そう返すと、ユリウス様は子供みたいに、むすっとした顔になった。
「なんだよ、それ。全部わかってるみたいに……。俺だって、色々あるんだからな」と、ぶつぶつ言いだした。
隙を見せずにいつも気を張っている主の、普段は見られない貴重な姿に、思わず笑いそうになる。でも――。
「俺の知ってるユリウス・チェザーレは、ちょっとやそっとじゃ折れない男ですよ」
「な、急に、何を言うんだ」
俺はユリウス様の目を見ながら言った。
「だって、この俺がそう育てたんです。あなたのことを」
ユリウス様は、一瞬ぽかんとした。が、すぐに、「まったく。おせっかいなんだよ、ザックは」と言って、台所を出て行った。
去り際、耳まで赤くなったのが見えた。
俺は鼻歌を歌いながら、どんぶりを洗い始めた。
明日は、とびきりうまい朝飯を食べてもらわないとな、と考えながら。
初めてポイントをいただきました。
気に留めて読んでくださる方がいるのだと思うと、とても嬉しいです。
それに気がついたのは、体調を崩して、投稿はしばらくお休みしようかと考えていた日でした。
なんだかそっと背中を押してくれたような気がして、元気が出てきました。
本当にありがとうございました。




