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46 抗議の行方

 拓海様が、ようやく寝てくれた。

 ユリウス様不在で表情が冴えない拓海様の、気分転換になればとゲームをしたのが、よくなかったのかもしれない。

 いつもなら、割とおとなしく寝てくれるのに、今日はなかなか部屋に行こうとしなかった。


 まあ、それだけ楽しかったのかもしれない。

 俺は、さっきとは打って変わって疲れた顔で、台所の椅子に座っているユリウス様を見た。


「今日の話を聞く前に……食事はしたんですか?」

「いや。ばたばたしていたから、する暇がなかった」

「じゃあ、何か用意します」

「いらない。食欲ない……」

「駄目ですよ。少しでも食べないと、疲れも取れないし、元気が出ません」


 俺は、消化にいいものをと、冷蔵庫から冷凍うどんを取り出す。

 手早くかき玉うどんを作り、ユリウス様の前に置いた。


「いらないって言ったのに……」

 ユリウス様はぶつぶつ言っていたが、いざ箸をつけると、空腹を思い出したのか、あっという間に完食した。


「お代わりありますけど、食べますか?」

「ああ、うん。頼む」

 遠慮がちに、どんぶりが差し出される。


 俺も小腹が空いたので、ユリウス様と向かい合って、うどんをすする。

 人間界に来た当初、この「すする」っていう行為が難しかったが、今ではプロ級になった。

 どんぶりが空になり、食後のお茶を飲んでいると、ぽつりとユリウス様が言った。


「遅くなって、すまなかった」

「もめたんですか?」

「いや……そっちは、まあ、何とかなったが。終わってからが大変だったんだ」

「何があったんです?」


「ジェフリーに捕まった」

 ユリウス様が、思いっきり嫌そうな顔をする。


「あいつ、宿舎で問題を起こして、強制退去になってた」

「へえ。日頃の行いが祟ったんですかね」


「それで職場の仮眠室で寝起きしてたのがバレて、上司から『住所不定の職員は即刻解雇』だと言われたらしい。で、魔王城で俺を見かけて、泣きついてきたんだ」


「はあ? そんなの、金を出せば部屋なんていくらでも」

 と俺は言いかけて、止めた。

 金があったら、泣きつくはずないな。うん。


「俺は不動産屋じゃないと断ったんだが、あいつが、すごく必死で……。俺も、ほんの少し責任を感じるところもあったし」

「責任? なんの?」


「あ、いや。一応、顔見知りだから、見過ごすのも気分悪いし――で、マーサに頼んできた」


「ええー? あいつとご近所になるんですか」

 俺はつい大声を出した。


「ばか、声が大きい」

 俺は二階を気遣い、慌てて口を押さえる。そして、小声で聞く。


「マーサはいいって言ったんですか?」

「ああ……俺が身元引受人になって、保証金も通常の二倍払うならって」


 なんだか遠い目をする主の苦労が、しのばれる。

 俺は、二杯目の茶を注いだ。


「まあ、またあいつに貸しが出来たってことで、今後もこき使ってやりましょう」

「貸しっていうが、本当に回収できるのか、これ」

 真顔で言うユリウス様がおかしくて、俺はちょっと笑った。


「まあ、あいつのことは、ホテルの皆が何とかするでしょう――で、例の件はどうなったんです?」

「ああ、第二秘書官のアンドリューさんが時間を作ってくれて――」


 ユリウス様の話によると、拓海様のために本を用意したのは、第三秘書官のモーリスだという。

 仕掛け絵本は書店で購入したが、天界関連の本があいにく売り切れで、仕方なく古書店で手に入れたらしい。


◆◆◆


 魔王城の奥、ブラッドフォード卿付きの秘書官室。

 書類棚と机がきちんと並んだその一角に、革張りのソファーと小さな丸テーブルだけで作られた簡易応接コーナーがある。

 そのテーブルを挟んで、話し合いが行われていた。


「それでモーリス。君は本を開いて中を確認しなかったのか?」


 アンドリューがモーリスを詰問するその場に、ユリウスも同席させてもらった。

 だが、モーリスは、自分より身分の低いユリウスがいるのが気に入らないらしく、決して彼を見ようとはしなかった。


「返事はどうした。確認はしたのか?」

「……中は、ちらっと見て、動くことは確認してます」


 その答えに、アンドリューが、はあっと深いため息をついた。


「あのね、ちらっとじゃだめだろ、ちらっとじゃ……使うのは『例の方』なんだぞ。もっと細心の注意を払わないと。君は、事の重大さがわかっていないのか?」


「……そんなの、そこの始末屋だって確認してないんだから、自分のせいだけじゃ」

「モーリス!」


 減らず口をたたくモーリスに、いつになく厳しいアンドリューの声が飛んだ。


 近くの机で、事務仕事をしていた第四秘書官のサンドラと第五秘書官のキャロルが、驚いたように顔を上げた。


「まーたやらかしたんですね、モーリスさん」

 こそっと、最年少秘書官のキャロルが、サンドラに話しかけた。


「そうみたい。本当は、あたしが本を揃えるように言われてたんだけど、モーリス先輩が、『例の方』関連の仕事だから、自分がやるって聞かなくて」

 サンドラは、モーリスより年上で仕事も早いが、身分のせいで肩書きは彼より下だ。


「まったく、空回りが過ぎるのよ、あの人」

 サンドラは呆れたようにそう言うと、また羽ペンを走らせ始めた。


 キャロルはもう一度、応接コーナーを見やった。

 モーリスさんて、いいとこの出だから第三秘書官におさまってるけど、実力ならサンドラさんの方がずっと上。

 ううん。今年配属された私より、仕事出来ないかも。縁故で秘書官室に入ったっていう噂、本当かもしれないな……。

 眉間にシワを寄せているアンドリューを見て、キャロルは心の中で「頑張って」とエールを送り、自分も仕事に意識を戻した。


 いままで黙っていたユリウスが口を開いた。


「モーリスさんのおっしゃる通り、私自身が確認すべきでした。その点は深く反省しています。ですが、秘書官室から届いた以上は、皆さんの判断を信用していました。教材は『例の方』が使うものです。今後は、以前にも増して慎重に取り扱っていただかないと困ります。……そうでないと、安心して使えませんから」


「だ、黙って聞いてれば、始末屋風情が秘書官のすることに文句を言うのか!」

 モーリスが拳を振り上げて、席を立とうとした。

 その時、その肩に誰かの手がかかった。




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