45 よそよそしさの向こう側
夕食が済んで、皇子教育の時間になってもユリウスさんは帰って来なかった。
「すみません、拓海様。用事が長引いているようで、今夜の皇子教育はお休みになります」
ザックさんが、申し訳なさそうに言ってきた。
勉強漬けから解放されて、自由時間が増えたっていうのに、僕のテンションは上がらなかった。
落ち込む僕を心配してくれたからなのか、ザックさんが「ゲームしましょう」と言い出した。
ゲームなんて気分じゃない……。だけど、ザックさんにこれ以上心配かけたくないし、コディがゲームのコントローラーを引っ張り出しているのを見て、みんなでゲームをすることにした。
選んだのは、車のレース。誰が一番先にゴールするかってやつだ。
最初は仕方なく始めたけど、やってみれば案外悪くない。
ザックさんはカーブの度に壁に突っ込んで、「あれ、あれ。どうなってるんだ?」とずっと苦戦してるのに、コディはいつの間にかショートカットを見つけて、ひとりだけめっちゃ上手い。
気づいたら、僕も負けたくなくて、コントローラーを握る手に力が入っていた。
そのとき、居間にユリウスさんが入って来た。
「遅くなって、すみませんでした」
「ユリウスさん!」
僕はコントローラーを放り出して、ユリウスさんに駆け寄った。
「用事は、用事はもう終わったんですか?」
「あ、はい」
そこで言葉を一旦切ったユリウスさんは、僕に深く頭を下げた。
「拓海様。先日の歴史の本、大変申し訳ありませんでした」
「え?」
「例の本を用意した者に会って、直接抗議をしてきました」
「抗議?」
僕がぽかんとしていると、後ろからザックさんが教えてくれた。
「あの本って、魔界から取り寄せたものなんですけど、こちらの意図と違うものが届いちゃったんです。それでユリウス様はすごく怒って……。拓海様に嫌な思いをさせたって。それで、ちょっと俺たちの上司のところに殴り込みに行ってたんです」
「な、殴り込み?」
僕が目を白黒させていると、
「殴り込みだなんて、大げさな言い方するなよ、ザック」
「えへへ、すいません」
二人のやり取りを聞いていて、僕もわかった気がする。
人間を馬鹿にしたような本を使ってしまったことを、ユリウスさんは心苦しく思っていたんだ。
だから、僕に対してちょっとよそよそしかったのかもしれない。
おまけに、これからのことまで考えて、自分の上司さんに改善を求めて抗議してきたなんて――。
そんなの、そんなのって。だめだ、顔がにやけちゃう。
さっきまで不安でいっぱいだった僕の胸が、嬉しさではちきれそうになった。
ゲームが中断されて、コディが続きをやろうと僕の手を引っ張る。
「今日って、皇子教育はお休みですよね?」
「はい。突然で、すみま――」
「じゃあ、今夜はゲームをしましょう。ユリウスさんも一緒に!」
僕のきらきらした目を見て、ユリウスさんは、ふっと笑った。
「持ち帰った荷物があるので、部屋に置いてきます。それから、私も参加させてください」
「はい。ちょ、コディ。わかった、わかったから、そんなに引っ張らないでよ」
ゲームに戻った僕は、このときまだ気づいていなかった。
さっきまで優しい光をたたえていたユリウスさんの目が、その奥でひっそりと闇を含んでいたことを。




