4 拓海の気持ち
「では、拓海様。失礼します」
ユリウスさんはそう言うと、静かに部屋から出て行った。
僕は、一人になった途端、さっきまでの眠気が嘘のように目が冴えてしまった。
天井を見上げたまま、今日のことは夢じゃないかと頬をつねってみる。
痛い! 現実だ!
痛いのが嬉しくて、思わず声を上げて笑いそうになり、慌てて口を手で押さえる。
「あの人たちが言っていたことは、本当だったんだ……」
指の隙間から、ぽつりと言葉が漏れた。
あの人たちに初めて会ったのは、おばあちゃんが入院した日の夜だ。
家の鍵を開けようとしたとき、黒い服を着た三人組に声をかけられた。外見からして、どう見ても怪しかった。
おまけに、開口一番にこう言ってきたのだ。
「あなたは、魔界の皇子殿下の魂を宿された方。尊き御身に、低俗な人間界はふさわしくありません。お迎えに参りましたので、我らと共に魔界へ参りましょう」
途方もない話に呆れた、というより、まずは彼らの頭を疑った。もしかして病院を抜け出して、僕についてきちゃったんだろうか。
黙り込んだままの僕に、あの人たちは、もう一度、同じことを言った。
「そうですか。僕は違うけど、探している人が早く見つかるといいですね」
そう答えると、僕はさっと家に入って鍵を掛けた。三人組は、そんな反応をされるとは思っていなかったのか、ひたすら困惑しているようだった。
それからというもの、彼らは毎日やって来た。
僕を誘拐して身代金を取ろうとしているのか。最初はそう疑ったけれど、うちには財産と呼べるようなものはない。家は大きいけど街外れだし、地価は高くないって、前におばあちゃんが言っていた。
じゃあ、あの三人組の目的はなんだろう。魔界とやらを信じる宗教の勧誘か。
うーん……全然わからない。
そのうち、僕の無反応ぶりに焦った彼らは、自分たちが魔界人である証拠を見せると言って、手のひらから炎を出してみせた。めらめらと勢いよく燃え上がる、なかなか立派な炎だった。
彼らは鼻息も荒く、どうだ、これで信じるだろうと言わんばかりのドヤ顔だ。
僕が感心したように、「わあ、手品がお上手なんですね」と褒めてあげると、「どうしたら信じてくれますか?」と、今にも泣き出しそうな顔で縋り付いてきた。
内心ではうんざりしていたけど、ふと良いアイディアが浮かんだので、僕はにっこり笑って言ってあげた。
「僕の前世の家族は、どうしていますか? 迎えに来てくれるのなら、両親に来てほしいなあ。すごく会いたいです。まあ、本当に、い・れ・ば、の話ですけど」
そう厭味ったらしく言ったら、案の定、彼らは言葉に詰まり、そそくさと退散していった。
これでもう来ないだろう。そう安心していたのに、彼らはそれでもしつこくやって来た。
「ご家族は無理ですが、兄弟同然に暮らしていた者なら、こちらに来ることが可能です。気心も知れた仲だったようですし……ここはひとつ、どうでしょう。試しに、おそばに置いてみませんか? 一緒に生活をすれば、魔界のことを思い出されるかもしれません」
いつもは話半分に聞き流していたのに、このときだけは、妙に胸がざわついたのを覚えている。
前世だの皇子だの言われても、これまでは何の興味もわかず、すべてスルーだった。それなのに、「兄弟」という言葉だけは、僕の何かを激しく揺さぶった。
会ってみたい――そう思ってしまった。
多分、僕はひとりっこで、兄弟という存在に、すごく憧れがあったからかもしれない。
そして今日、ユリウスさんがやって来た。
彼の青い瞳を見たとき、一瞬、時間が止まった気がした。
懐かしいような、嬉しいような、切ないような……そんな言葉に出来ない感情が一気に溢れ出して、胸の奥が震えた。
僕は十二歳。ユリウスさんの年齢は知らないけれど、きっと二十代前半だ。
他の人が見たら、ユリウスさんが兄で、僕が弟に見えるだろう。けれど、前世ではその立場が逆だったらしい。
それって、なんだか不思議で、そして面白い。
あの三人組は胡散臭いだけだったけれど、ユリウスさんは違う。
初めて会ったのに、ずっと前から知っていた……そんな不思議な親しみを感じる。
前世だの皇子だのと言われても、今まではまったく信じていなかった。けれど今では、前世って、本当にあるのかもしれないと思い始めている。
それに魔界も。だって、ザックさんが狼から人間の姿へ変わるのを、この目で見たしね。
これからは、三人で生活するのかあ。
そう考えたら、いますぐ窓を開けて、「ひとりじゃないぞー!」って大声で叫びたい衝動に駆られる。
ふふふ。嬉しくって、顔がにやけちゃう。
新生活への期待で胸がいっぱいなのに、昨日、緊張してほとんど寝られなかったせいか、だんだん瞼が重たくなってきた。
「……おやすみなさい。おばあちゃん。そして、ユリウスさん、ザックさん」
そうつぶやくと、僕はそのまま、夢の世界の住人になった。




